熱のない夢

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 閉じられた空間の中心にそれは座っている。空間ができると同時に生まれ、生まれながらに閉じ込められているそれに、血は廻らず息は吸わず、しかし人の形をして微睡んでいる。右足を立て左足は崩し気味に折った姿勢、はじまりの姿勢から寸分たりとも動いたことはない。  その空間は角の丸い直方体の形をしていて、透明な何かで出来ている。外枠はおろか、中にいるそれもそれを取り巻く物ものもおしなべて透き通っているのだ。氷ほどには冷たくない、ガラスより軟らかい、プラスチックの質感とも違う透明な何か。それ自身が熱を持たないように、空間全体が外気によって温度を規定される。遠目には存在すら見過ごしそうな箱は、近づいて目を凝らせば光の加減で中が見える。  人形のそれは大抵そこにいる。けれどもそれを包み込んでいる空間も全て、たとえ目視できなくとも物質に埋め尽くされているのだ。多くは植物の形をしている、或いは球を繋げたミナレット、飾り壺、覗き込む先のない井桁、魔除けのスワッグ……。  何物も、完全に静止しているように思われるが実際はそうでもない。それの指先から間歇的に細かな泡が吐き出され、なにがしかの形を取り、すでに空間を満たしている透明な何かを押しのけて安定を見出す。まるで庭に花を植えるような、透明な箱庭、植えられるのはそれの見る夢。  微睡みの中で、それは時折夢を見ている。一度も光を感じたことのない瞳に、何処からか異郷の景色が流れ込み、透明な眼の見る夢はやはり透明だけれど、種々の物の形を教える。形ばかりで意味は成さない。そうしてそのまま指先から漏れ出てくる。  紡がれた夢の断片で、今や空間ははちきれんばかりになっている。遠からず全体に細かな亀裂が走り、それもろとも粉々に砕け散るだろう。だがまだ時間はある。それの指先から次なる夢の泡が立ち上る。
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