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キワコのオハギ
そいつは突然現れた。
ベッドに放り投げたカバンが、ガサリと音をたてた。清水希和子は、びくりと首をすくめ振り返った。
「な、なに?何か動いた?」
思わず独り言をつぶやき、じっとカバンを見つめていた。しばらく何の変化もなかったので「やっぱり気のせいだ」と、ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、ガサゴソと、さっきよりも派手な音をたてだしたので、思わず「ぎゃっ」と声を上げた。カバンから充分に距離をとり、様子を窺う。どうやら中から何かが這い出そうとしている。ごくりとつばを飲み込んだ。
そいつはゆっくりと顔を出した。いや、正確には鼻先をのぞかせた。それから前足をカバンの縁にかけ、身体を震わせながら、頭を出し、そのまま前屈みになって胴を出し、しばらくジタバタともがいて、最後にはでんぐり返りをして、コロリとベッドの上に飛び出した。
そいつの全容が見えても、それが何者なのか、希和子にはさっぱりわからない。
大きさは、希和子の華奢な手のひらから少しはみ出るくらい。全身が小豆色のふかふかの毛で覆われている。小さな黒い目とつんと上を向いた黒い鼻、頭には耳らしき三角の突起物が二つ見て取れる。ムクムクの毛玉から小指の先ほどの小さな前後の足が、かろうじて飛び出している。一見してネズミのようにも見えるが、ネズミの特徴のひとつである長い尻尾は見当たらない。
この生き物が何者かわからず、また、どうしてこんなものがカバンの中から出てくるのか。授業が終わり、教科書や文房具をカバンに詰め、友人たちの誘いも断り、逃げるように学校を出て、どこにも立ち寄らずに帰宅したのだ。その間、いつ、どこで、どうやって侵入したのか、どう考えても思い当たらない。
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