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今日も駅で彼を見かけた。
モスグリーンのジャケットにえんじ色のネクタイ。彼はI 高校の制服を着ている。
駅のホームはこの時間、さまざまな制服に身を包んだ学生たちでごった返している。
電車が到着すると、香澄は彼と同じ車両に乗り込んだ。
かっこいいなあ。
少し離れたところから、横顔を盗み見る。
彼は、いつも一人だ。つり革につかまって、うつむいて立っている。長めの黒髪が切れ長の目を隠している。背が高くて、猫背。つり革をつかむゴツゴツした手。
話しかけたいなあ。
だけど、引っ込み思案の自分には無理だ。外見に自信があるわけでもない。彼と話せる、何かきっかけのようなものがあればいいのだけれど。香澄はひっそりため息をつく。
例えば、今ここで、私が痴漢にあったとしたらどうだろう。体をこわばらせ、泣きそうになっていると、彼が痴漢の腕をつかみ、「やめなさい」と助けてくれる――。
例えば、ハンカチを落としてみたらどうだろう。「落としましたよ」と声をかけてくれるかもしれない。「たまに電車、一緒になりますよね」と、微笑んでくれるかもしれない。
香澄は、ポケットからハンカチを取り出した。ひらり。さりげなく落としてみる。ハンカチは乗客たちに踏みにじられ、無残にその花柄模様が汚された。
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