ラストクリスマス・イン・ダウンタウン

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「一緒にここに来られるのも、今年が最後なのね」  ニューヨーク市マンハッタン。グリニッジビレッジの西にある古い英国式教会を振り返り、彼女は物憂げに白い息をはいた。  ニューヨークで3番目に古いと言われるセント・ルーク・イン・ザ・フィールズ教会。赤い煉瓦のクラシカルさが人気で、解放された裏庭には芝生やベンチもあり散策に訪れる人も多かった。  今では時代に取り残され、来訪者も少ない建物を僕も振り返った。二年前彼女にプロポーズをした教会は、僕らの気持ちを映したように寂しげに見えた。 「だね」  僕は短く言葉を返すと、手袋をした手でトレンチコートの襟を立てた。わずかに降る粉雪が、戦火に散る灰のように風に遊ばれて舞っていた。  配線むき出しの色とりどりな電球に飾られたクリストファー・ストリートを、ハドソン川に背を向けて二人並んで歩いた。古いシアターやレコーディングスタジオがあるこの通りは、いつも音楽に溢れている。 「初めてのデートで見た映画覚えてる?」  僕の手袋に彼女の手袋が時折触れたが、最後の景色に目を奪われていた彼女は、こちらに顔を向けることもなくつぶやいた。 「もちろんさ」  君と過ごした日々を忘れたことなんて一度もないさ。そんな言葉はしまっておいた。
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