マーブル伯爵と機械仕掛けのメイド

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 妻と娘を疫病で亡くしてからというものマーブル伯爵は館の、自身の寝室から出ることがなかった。  雇い人の中にも死者が出たが、感染しても軽症の者もいたし全く感染しなかった者もいたが彼らは皆、館を去り実家へ戻った。  執事のヘルスは健康そのものだ。無症状者ではいけないので国の検査を受けていた。彼はマーブル伯爵と懇意にしているレンブラン公爵の館の執事だ。レンブラン公爵は車椅子生活で自他共に認める人間嫌いだ。そんな公爵だがマーブル伯爵の人柄に触れ伯爵だけには心を開いていた。 「伯爵に不自由のないよう、しっかりお仕えするのだぞ」  レンブラン公爵はヘルス執事を伯爵の館へ遣った。それだけでなく自身の主治医の女医にもマーブル伯爵のことを診てもらいたいと頼んだのだ。  マーブル伯爵はレンブラン公爵の誠意を断るわけにもいかずヘルス執事に館のことを任せ女医にも会った。  女医の名はロッティ=メディシン。ロッティが往診するのは一週間に一回の週末だった。  小雨の中、馬車が泥をはねながらグルコングの森へ向かって走っている。”N・B・V”は今も変わらず感染者を増やしていた。  感染予防のワクチンといったものはないけれど、薬草の組み合わせで毒を作り、その毒が一定の予防と発症を抑える効果があるらしいことだけが判ってきた。  ロッティの場合、これまで幾人もの感染者と接触してきたけれど感染しなかったイミュ―二ティが強いのだろうと考えていた。  マーブル伯爵の館の前で馬車は停車した。ロッティはゆっくりと馬車を降りた。彼女の後に続くように若い娘も下りた。  馬車はUターンして小雨の中に消えて行った。娘は走って行く馬車を見送ってから館の中へ入った。 「お待ちしておりました、ドクター」  ヘルス執事が出迎える。 「伯爵のご様子は?」  ロッティが尋ねると執事は、 「変わりはございません。伯爵はレンブラン公爵のお心を酌んで、処方されたお薬はきちんと服んでおられます」  と丁寧に応えた。ロッティは縮れた栗色の髪を手で梳いて頷いた。 「そちらがお話されていた、」  ヘルス執事の視線がロッティの後ろに立つ娘に向けられた。娘は軽く頭を下げた。  肩にかかるストレートの黒髪。オニキスのような黒い瞳。東洋系の面立ちの娘は伯爵の亡くなり娘とは似ても似つかない。もちろん夫人とも似ていない。 「お部屋の方へ」  ヘルス執事に言われロッティと娘は、マーブル伯爵のいる寝室へ行った。ヘルス執事がドアを叩くと中から返事があった。執事がドアを開けロッティが部屋へ入り、その後ろから娘も入った。ヘルス執事は一礼するとその場を離れた。
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