マーブル伯爵と機械仕掛けのメイド

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 たわわに実ったオリーブの実が、クレストムーンレイクの水面にゆらゆらと揺れている。  南国の島を思わせる色彩鮮やかな鳥たちの声に呼応するかのように、森に住む動物たちの声が響き渡っている。  グルコングの森には他で見ることのない珍しい昆虫や植物も生息している。  一年を通して気温に大きな変化のない緑豊かなグルコングの森は、暑くもなく寒くもない過ごしやすい森だ。  この森のすぐ近くに館があった。外観からまるで城を小さくしたような館だった。館の主の名はマーブル=パペテュアルスノウ伯爵。グルコングの森もマーブル伯爵の私有地だ。  人間が何も手を加えないでいれば、自然はそのまま生きてくれる。そうすれば人間にも住み良い空間が生まれるのだということをマーブル伯爵は解っている人だ。だからこの界隈は昔から何も変わらない。天候不順の時は仕方ないが、それさえなければ農作物はいつも豊富に実っていた。  マーブル伯爵は身分を全く気にしない、気さくな人柄でも有名だ。土地の者を館に招くことも多かったし、作物の収穫を手伝うこともあった。だからマーブル伯爵の土地に住まう人々はそこを”希望の庭(ホープガーデン)”と呼んでいた。だがその”希望の庭(ホープガーデン)”にミスフォーチュンが訪れてしまった。  それは四か月程前のことだ。この国全土に疫病が蔓延した。全身に赤い発疹ができ高熱と咳と吐き気に下痢、けいれん、筋肉の硬直など人によって症状が異なるが、必ず皆皮膚から血が吹き出て死に至った。感染したが死なずに済んでも何らかの後遺症が残った。  宿主がすぐに死に至るために感染力は低いとされていたが実はそうではなかった。この新種のウイルスと細菌。どうもウイルスと細菌が混合していたらしい。国ではこれらのことを”N・B・V(ニューヴァクテリアウイルス)”と呼んでいた。 ”N・B・V”に運良く感染しなかった人たちはイミューニティが強かったと言われているが実際の所はよく判っていない。 ”希望の庭(ホープガーデン)”にも”N・B・V”が広がり住民の半数が亡くなり、半数は無事だった。感染してどうにか一命を取り止めた人たちの中には身体が不自由になった人もいた。  残念なことにマーブル伯爵は”N・B・V”によって愛する妻と娘を亡くした。伯爵自身は感染したものの軽症で済んだ。だがマーブル伯爵の心に深い傷が生じた。なぜなら伯爵が妻と娘を連れて観光旅行へ行き、帰って来て七日過ぎた頃に病を発症したからだ。その頃はまだ誰も”N・B・V”の存在に気付いていなかった。  国境を越えて人々は行き交っていた。汽車も船も人でいっぱいだった。カーニバルがあちらこちらの街や村で行われていた。  旅行はとても楽しかった。なのに――。
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