***

4/7
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「もしかして喋れない?」  人魚が怪訝に尋ねる。  少女は口を開きかけて、慌ててパッと目を逸らした。 「知らない男の人と話しちゃダメって、母さんが」  深海色の瞳がパチリと瞬く。 「私が男の人?」 「違うの?」 「どうしてそう思う?」 「だってお胸がないもん」 「じゃあ君も男の子かな」  少女はムッと頬を膨らませた。 「わたしはまだ子どもだからないの」 「じゃあ、私も子どもなのかも」  少女はもう一度、その樺色の瞳にきちんと人魚の顔を捉えた。  たしかに、男の人にしては丸い。病弱な兄さんも確かに痩せてはいたが、あの筋張った感じが人魚にはまるでなかった。かといって、女の人にしては硬い。何というか、雰囲気に母さんみたいな柔らかさがない。  透明。――そう、透明。  どんな色もないような、取り留めのない感じ。 「男でも女でもないってこと?」 「どっちかっていうと、男でも女でもあるって感じかな」 「……じゃあ大人でも子どもでもあるってこと?」 「そういうこと」 「わたし、サラ」  少女は唐突に名乗った。どういうわけか、今言わなきゃという気持ちに駆られたのだ。  人魚も当たり前のように頷き、傍らの白珊瑚にそっくりな指を自らに向けた。 「フィアファネス」  フィアファネス。  特別な意味のある言葉であるような気がしたが、少女は別段、その意味を知りたいとは思わなかった。透明な響きが、ストンと胸に落ちる感覚。  その軽やかな重みに意識を傾けていると、長い名前に戸惑っていると勘違いしたのか、人魚がクスリと笑って言い添えた。 「フィアでいいよ」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!