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「もしかして喋れない?」
人魚が怪訝に尋ねる。
少女は口を開きかけて、慌ててパッと目を逸らした。
「知らない男の人と話しちゃダメって、母さんが」
深海色の瞳がパチリと瞬く。
「私が男の人?」
「違うの?」
「どうしてそう思う?」
「だってお胸がないもん」
「じゃあ君も男の子かな」
少女はムッと頬を膨らませた。
「わたしはまだ子どもだからないの」
「じゃあ、私も子どもなのかも」
少女はもう一度、その樺色の瞳にきちんと人魚の顔を捉えた。
たしかに、男の人にしては丸い。病弱な兄さんも確かに痩せてはいたが、あの筋張った感じが人魚にはまるでなかった。かといって、女の人にしては硬い。何というか、雰囲気に母さんみたいな柔らかさがない。
透明。――そう、透明。
どんな色もないような、取り留めのない感じ。
「男でも女でもないってこと?」
「どっちかっていうと、男でも女でもあるって感じかな」
「……じゃあ大人でも子どもでもあるってこと?」
「そういうこと」
「わたし、サラ」
少女は唐突に名乗った。どういうわけか、今言わなきゃという気持ちに駆られたのだ。
人魚も当たり前のように頷き、傍らの白珊瑚にそっくりな指を自らに向けた。
「フィアファネス」
フィアファネス。
特別な意味のある言葉であるような気がしたが、少女は別段、その意味を知りたいとは思わなかった。透明な響きが、ストンと胸に落ちる感覚。
その軽やかな重みに意識を傾けていると、長い名前に戸惑っていると勘違いしたのか、人魚がクスリと笑って言い添えた。
「フィアでいいよ」
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