行ったらやくざっぽいおじさんだった

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行ったらやくざっぽいおじさんだった

 友子は英語教材の事件があった後でクーリングオフができるという事を覚えた。  だから、しつこい勧誘の時には、さっさと契約してクーリングオフをするという事を繰り返した。  とても、勧誘されている場で断るなどと言うほど気が強くなかったし、クーリングオフができると思えば、特に怖くもなかったので、契約には気楽に応じていた。    なぜか、大学の4年間、そういった勧誘の電話や、声をかけられることが多かったが、不思議には思わなかった。きっと学生はみんなそんな風に勧誘に合っているものだと思っていたのだった。  ところが、大学を卒業して1年目の社会人になっても、まだ勧誘の電話がかかってきた。  その頃は固定電話がまだ主流で、固定電話は権利を買って取り付けるものだったし、結構高額だったのだが、友子の両親は友子の東京での生活が心配だったので、固定電話の権利を買って、友子は引っ越す度にその電話を移動していた。  つまり、電話番号は大学の時と変わっていなかったのだ。  あるとき、布団を買えと言うしつこい勧誘の電話が来たので、書類を送ってくれるように言って切ろうとしたが、事務所にきて直接契約してほしいと言ってきかない相手だった。  これは面倒だなと思ったが、しつこく毎日電話をかけられても困ってしまうので、仕事が休みの日にその事務所に行くことにした。  学生時代よりは少し知恵もついていた友子なので、一人で行く様なことはしなかった。学生時代にできた数少ない友達に一緒に行ってくれるよう頼んで、その事務所に一緒に行ってもらった。  ようは、契約をして、後日家からクーリングオフをすればいいからだが、事務所に来いと言うのが少々怖かったのだ。  案の定、書類を持って出てきたのは見るからにやくざっぽくて、今ではお洒落にタトゥーとかいうが、あからさまに刺青の入った腕を出していた。 『友達に一緒に来てもらってよかった。」  そう思いながら、説明を聞き、契約書にサインをするとおじさんが 「あんたさぁ、クーリングオフさえすればいいと思ってんだろ。」  と言ってきた。友子はそこで平気な顔をしていられるほどまだ図太くはなかった。顔色が変わった友子を見て、 「なんかさぁ、ばかにしてるんじゃないの?」 「こっちだって、時間潰して契約書書いてもらってんだよ?」  と追い詰めてくる。 でも、友子も言い返した。 「だって、ここに来なければしつこくお電話くださったでしょうし、契約しなければ帰してもらえませんよね。だから契約書は書きます。」 「そうかい。それで、帰ったらクーリングオフをするわけだ。」 「布団を買うつもりがないんだったら最初からそう言えばいいだろ。」 「電話ではちゃんと言いました。でも、しつこかったので・・・」  そこで、友子は一つ嘘をつくことにした。 「今、お父さんが死んじゃって色々大変だから早く済ませたかったんです。」  そういったとたん、やくざっぽいおじさんが大声で一喝した。 「おいおい、親が死んだなんて間違えでも言っちゃいけないだろう。」 「本当は生きているんだろう?」  さすがに、それ以上は親が死んだと嘘も言えず、 「生きています。でも、じゃぁ、どういったら帰してくれるんですか?」  友子は半べその演技をした。友達は演技を見破ってはいたが友子の肩を抱いてやくざっぽいおじさんをにらんだ。 「わかったわかった。そこまで追い詰めちまったのは俺ってわけだな。」 「いいよ、もう。クーリングオフも面倒だろうし、書類は破棄しよう。」 「自分で持って帰りな。」  と、書類を友子に渡した。  そして、こんなことを教えてくれた。 「あんたの名前と電話番号はブラックリストに載ってるんだよ。」 「すぐに騙されて契約する奴の。」 「えぇ?」  友子はとても驚いたが、納得もいった。それで頻繁に勧誘の電話がかかってきていたのか。    それ以来、友子は固定電話は実家からの物しか出ないことにした。一回鳴らして切れたらそれは母からの電話。そうしたらコレクトコールで友子がかけなおす。  それから5年ほどすると携帯電話が普及し始め、固定電話を使うのは本当に実家だけになった。  最初は騙された友子だったが、いろいろ勉強にはなったと思っている。  でも、英語教材でだまされたことは未だ、だれにも言えてはいないのだった。 【了】  
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