月の裏側

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 この日は珍しく、お母さんが私と一緒に夕食を取った。  私が作ったチキンライスに、お母さんが「最後の手柄をちょうだい」と言って焼いた、びりびりに破けた卵をまとわせたオムライスだった。  私は、 「そういえば今日、高校生のカップルきた? 妊娠だよね? きっと、中絶するかを決めかねているんだろうね。結構よくある話なのかもね」  と気楽な調子で言おうかと思って、やめた。面白くもないし気楽にもなれない。  代わりに、 「今日は仕事上がるの早いじゃん」  と、面白くはないけど気楽な話をしてみた。 「うん。ちょっと気づまりな患者さん多かったからね。手じまいにした。明日が地獄になるけど」  気づまりって、どんな? 高校生カップル? と訊こうとしてまたやめる。  これから先、私はお母さんの娘として、どれだけの言葉を飲み込んで生きていくんだろう、などとちらりと考える。  ケチャップの味は分かりやすかった。  分かりやすくおいしくて、羨ましいと思った。 ■  翌日、街へ買い物に出た。  隣町のドラッグストアと、なにか安い服でも買おうかと思っていた。  駅を降りて、大通りを、日影を探しながら歩く。この日のパンツは足首まであったので、昨日よりも暑く感じる。  その途中。  傍らにあるアーケード街の入り口に、見覚えのある顔があった。  昨日の男子だ。  女子と一緒にいる。  しかし、昨日のショートの子とは違った。  ウェーブのかかった栗色のロングヘアで、顔立ちが昨日の子よりもやや洒落ている。着ている服も大人びていた。肩を出した白いブラウスの下で、ネイビーのロングスカートが涼しげに揺れている。  女友達かな? と極力好意的に解釈しようとしたとき、女子が男子の唇にキスをした。  ごろん、と胃がでんぐり返るような不快感が起こった。  男子は、「やめろ」とかなんとか言ったようだったけど、本気で嫌そうには見えなかった。  女子が、笑いながら手を振ってその場を去った。デートというわけではないのか。  私の足が、勝手に動き出した。  男子の前まで歩み寄って、ぴたと立ち止まる。  男子は怪訝そうな顔をした。当然だけど。 「初めましてお兄さん。今の子は彼女ですか?」 「……君、誰?」 「昨日の子とは違いますね」  男子が目を見開く。 「君、なんの」 「私は仁羽レディスクリニックの娘です。昨日、来院するあなたたちを見ました」
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