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古藤さんが微笑む。涙なく泣いているような顔で穏やかに。
話した相手がこの人でよかった。こんな人がいてくれてよかった。
「私もそう信じてました。そういう瞬間が、絶対にいつか来るはずだって。でも、自分以外の人に、そう言って欲しかったんです」
「おれもです。おれではない誰かに、妹は大丈夫だと言って欲しかった」
胸に詰まっていた苦い塊の片隅が、ほろほろとほどけたように思えた。
でも、そんな楽な気持ちは、一次的なんだろう。すぐにまたつらさがやってくる。
だから救いの繰り返しが要る。
そうやって生きていく。
「私、ちょっとしゃくなんです。自分の気持ちが救われさえすればいいと思っているのに、それに他人の言葉が必要だというのは」
「それは少し分かります。自分だけじゃ埋められない欠落のようなもの、ありますよね」
月のかけらで埋めてみましょう、というのはふざけ過ぎだな。
オレンジジュースはまだ冷たい。
時間の流れは早いようで、時に手加減してくれる。思ったよりゆっくりで、過ぎてしまえば取り戻せないけど、似たような明日はやってくる。
そんないい加減な緩やかさで、古藤さんの妹さんに会えば、おしゃべりは上手くいくだろうか。
気が合うといい。
月面旅行は、多分、気の合う人と行くのが面白い。
終
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