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平日の昼間。雲は少なめ、風は弱め。
仁羽レディスクリニックの看板を、私は十メートルほど離れたバス停から見ていた。
今日のように暑い日、バスがあまり来ない時間は、バス停のひさしでできる陰を求めて、乗車する気もないのに備えつけのベンチに座る人はよくいる。私のように。
初めての高校の夏休みは、すでに半分近くが過ぎていた。
セミがうるさい。風がぶわぶわとして重たい。太陽が熱い。忌々しいほどに。
すねまでのパンツの裾にくすぐられて、ふくらはぎがかゆかった。
仁羽レディスクリニックは、お母さんが院長を務めている産婦人科だった。地元の評判はなかなかいい。
私の家なので、裏にある玄関から堂々と帰ればいいのだけど、どうもこの頃はあまり自分の家の居心地がよくない。
年頃ってそんなものかもね、と近所のおばさんに言われた。なんの年頃で、なにがそんななのかは、全然分からないけれど。
それで、こんなところで時間を潰している。帰るのが当たり前の時間になるまで。
ふと、クリニックの入り口に、高校生らしい男女が立った。
女子のほうは、私と同じ一年生かもしれない。小柄で、華奢だった。
重たそうな足取りで、ドアの中へ入っていく。女子のほうがいくらかためらいがちに。それを、百八十センチ近い身長の男子のほうが促して進む。
男子は切れ長の目で髪を少し伸ばした、今時の好青年という感じだった。その見た目だけで、クラスでは人気者になれるだろうなと思える。
たまにああいう人たちは来る。ああいうというのは、年齢のことだけれど。
しばらくして、二人が出てきた。
女子のほうが、お腹に右手を添えて、左手で目元を押さえている。うつむいた顔を、ショートカットの中で唯一長く伸ばされた髪が隠していた。
男子のほうは、額に手を当てて、ふらふらと頭を横に振った。それから空を仰いで、ため息をつく。
女子が、ごめん、ごめんね、と男子の胸に顔をうずめて言った。泣いている。
男子が、「別にお前のせいじゃねえよ」と答えた。
私は、まったくもってその通りだと思った。男子は正しいことを言っている。けれどなぜか腹が立った。正しいのに。
「別に」というのが、他人事っぽい響きだったせいかもしれない。
二人はてろてろと歩いて、道の向こうに消えていった。
まだ日は高かった。
私は、家に入る気になれなかった。
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