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 第二王子が望んでも手に入らない相手などいるのだろうか。確かに身分差は障害にはなるが、絶対というものではない。ケリーが狙っていたような公妾などは、日陰の身とはいうものの寵姫を手に入れるための常套手段だ。それなのに、代替品で慰めなければならないだなんて。 「……まさかっ!」 (お相手は、王太子妃殿下だとおっしゃるの?)  この国との同盟を強化するため、隣国から嫁いできた末王女。まさか第二王子は、彼女に横恋慕しているというのか。明言してはならない事実を前に、ケリーは肌が粟立つのを感じた。恐る恐る質問を重ねる。 「自分ひとりだけを見てほしいとは思わないのですか?」 「だって、そんなこと無理だもの。あの方はわたくしなんか気にも留めていらっしゃらないわ。だったらわたくしにできることは、あの方が少しでも心安らかでいられるように居心地の良い空間を作ることだけ」 「周囲に愛のない政略結婚と思われようとも?」 「心無い言葉は確かに寂しいわ。けれど、必ずわたくしの元に帰ってきてくださるのであれば別に構わないの。たとえ、他に行く場所がないだけなのだとしても」  最悪だ。ここまで覚悟を決めた彼女の告白を聞いて、「わかりました。それでは寵愛係としてがんばります!」と言える厚顔な女がどれだけいることだろう。  ケリーは愚かでも、恥知らずでもない。あるいは彼女が生粋の貴族ならば、貴族として成り上がりたいと思える人間ならばベアトリスの言葉は渡りに船だったのだろう。けれどケリーはあまりにも善良で小心者だった。 (お母さんと同じ、悲しそうな瞳……)  ケリーは自分にできる限り精一杯の淑女の礼をとる。 「謹んでお断りさせていただきます。私の行動でお心を患わせてしまい、大変申し訳ありませんでした」 「まあ。お給金次第で考え直していただくことは」 「何卒お許しを」 「そうなの。残念だわ」  その声音は言葉通りにしか聞こえない柔らかなもので、ケリーは冷や汗が流れる。彼女は婚約者への愛情を一体どれほどまでに内側に溜め込んでいるのだろう。  噂を鵜呑みにした自分の、なんと愚かなことか。 「可愛いお嬢さん、お気をつけなさい。この学園は平等と謳ってはいるけれど、そんなものは建前でしかないのよ。学園を卒業した後に待っているのは完全なる序列社会。学園で反感を買えば、その後の人生に大きく影響が出るわ」 「どうして……」  貴族社会では婉曲表現しか用いられない。それにも関わらず彼女はケリー相手にわかりやすい言葉で注意してくれる。 「だってあなたって裏表がなくて可愛らしいんですもの。それに最初からお金目当てのあなたが殿下のお相手なら、私だって心穏やかに過ごせるわ。そうだ、お友だちにならない? わたくしと一緒にいれば、いろいろと便宜をはかってあげられるわ。そうね、まだ玉の輿を狙っているのなら私の弟なんていかが? 少しばかり年が離れているけれど、賢い子よ」 「いえいえ、勿体ないお言葉です」  彼女の申し出は後ろ盾のないケリーには魅力的だが、愛の重すぎる彼女の側にいたら、ストレスで胃に穴が開いてしまうに違いない。ケリーは大慌てでサロンを飛び出した。  父に命じられたとはいえ、安易に妾になろうと考えた自分が悔しくて仕方なかった。
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