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 騙された!  ケリーは地団駄を踏んだ。おかげでちょっと年季が入っていた靴のヒールが折れる。本当についてない。  でもこれで吹っ切れた。必死でお金を貯めて買った憧れの靴だったが、いつの間にかすっかりヘタレてしまっていたのだから。どうして気がつかなかったのだろう。今目に飛び込んでくるのは小さな傷ばかりだ。目の前のこの男と同じように。  ベアトリスと異なり、目立たないようにサロンに呼び出すという心配りもできない、気の利かない男。声は聞こえずとも、学園のいたるところから様子を伺い知ることが可能な中庭で、ベアトリスは第二王子に詰問されていた。 「ベアトリスの周りをうろちょろするんじゃない。わたしだって、彼女とは今週まだ一度しかお茶をしていないというのに」 「何を勘違いしているのか知りませんが、うろちょろしているのは私のほうではなく、ベアトリスさまのほうです」 「お前ごときが、ベアトリスの名を呼ぶだと?」 「そうおっしゃられましても。ベアトリスさまのご命令ですので」 「ならば、わたしも命じよう。ベアトリスの視界から今後一切消えろ」 (面倒くせえな、こいつ)  あの一件以来、ベアトリスはケリーのことを「お友だち」認定したらしい。ケリーは正直迷惑だと思っているので、ふたりきりのときはかなりの塩対応だ。だが、普段かしずかれ、媚びへつらわれるベアトリスには、ケリーのその対応こそが心地良いのだという。恐ろしいことに、次期公爵家当主となる弟の嫁になれと積極的に仲を取り持とうとしてくる有様だ。 (結局のところ、「親友」枠も「おもしれー女」枠の亜種なのでは?)  その上、叶わぬ恋に身を焦がしているらしい第二王子の八つ当たりにまで付き合ってやる心の余裕は、ケリーには存在しなかった。何よりベアトリスの呼び出し以来、ケリーは自分から彼に近づくことはやめている。うざ絡みは迷惑でしかないのだ。  ベアトリスが言葉通り親友であるというのなら、がつんと第二王子に言ってもなんとかなるだろう。とうとうケリーはベアトリスの実家の権力に頼ることに決めた。王子には散々暴言を吐かれてきたが、借りは返してやるつもりだ。 (ベアトリスさまに後ろから刺されませんように) 「まるでベアトリスさまが大切なようにおっしゃるのですね」 「ベアトリスはわたしの婚約者だ。大切に思うのは当たり前だろう」 「それならば、どうしてあのような不実な行いを繰り返すのです?」  見目の良い女性がいれば当然のように自身の取り巻きにしてしまう軽薄な男。そんなゲス野郎が何を言うと鼻を鳴らせば、第二王子は日頃の女受けする甘い笑みを投げ捨てて、ギラギラとした瞳で睨み付けてきた。 「ベアトリスが大切だからこそ、彼女が望むように不実な行いを繰り返しているんだ」 「はあ?」 「彼女はね、馬鹿で愚かで軽薄な当て馬が好きなんだよ」 「正気か?」
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