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 もはや猫を被ることを諦め、下町らしい口の悪さでツッコミを入れるケリー。 (王子さまの口から、当て馬とかいう言葉は聞きたくなかったなー)  リアル当て馬は、正直とても可哀想な生き物なのだ。果たして王子はそこまで知っているのか。ケリーはツッコミたくなるのを必死にこらえながら、相づちを打つ。 「わたしたちは幼少の頃から交流していてね。一緒に物語を読むことも、観劇に出かけることだってたくさんあったよ。それで気がついたんだ。彼女が好きになる物語の登場人物は、毎回ダメな男ばかり。たくさんの女を侍らせるけれど、本当に大切な女性の愛だけは手に入れられない男。第二王子という中途半端なわたしには、ぴったりの役どころじゃないか」 「なんだそれ」  ケリーは第二王子の言い分に頭が痛くなった。好きな女の性癖のために不実な男の振りをし続けるとか、気が狂っている。しかも、とうのベアトリスはこの男の生き方を喜ぶどころか、日々胸を痛めているではないか。完全に無意味である。  そもそもなんなのだ、このバカップルは。お互いのことが好きなはずなのに、妙に低すぎる自己評価と呆れるほど強すぎる自己犠牲の精神のおかげで明後日の方向に走り出し、周囲に迷惑をかけまくっている。そのせいでケリーの学園内の評価までも妙なことになってしまい、友人と呼べる相手はベアトリスしかいない。  イライラし始めたケリーは、溜まりにたまっていた鬱憤を残さず第二王子にぶちまけた。 「バカバカしい、お互い公認の上で寝とられごっこでもやってるんですか?」 「なんて失礼なんだ。わたしは彼女以外の女性と閨を共にするつもりはない。当然だろう、わたしの肉体はすべて彼女だけのものなのだから」 「逆に気持ち悪い」  この男は、始終華やかな女たちを侍らせ、しまりのない顔でふらふら出歩いている。それにも関わらず、全員と清らかな関係だと? プレイボーイは一体どこへ行った。 「まったく、いかがわしい。学園内でただれた関係を楽しめと?」 「殿下の脳内はただれるどころか、すでに腐ってとろけきっているじゃないですか」  処女を捧げると言われて男性は嬉しいのかもしれないが、いちいち童貞を捧げると宣言されても困る。いやまあ、ベアトリスは嬉しいのかもしれないが。 「バカじゃないの。はあ、もういい加減うんざりだわ。特殊プレイに付き合うつもりはないのよ」 (高位貴族は政略結婚だなんて嘘っぱちなんだわ)  腹が立ったので、ヒールの折れた靴を投げつけてやる。ヒールが脳天に刺さって昏倒でもすればいいのに、男は表情ひとつ変えることなくさらりと避けてみせた。本当に頭にくるやつだ。まったく、リア充は死ねばいいのに。 (もうすぐかな。声は聞こえなくても、ベアトリスさまは遠見も読唇もがっつりできたよね)  ケリーがため息をひとつこぼせば、驚いたような、けれど頬を赤く染めたベアトリスが中庭に駆け込んできた。
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