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「ねえ、ニコラス。ちょっと確認していい?」 「はい、なんでしょう」 「私がもともと伯爵家の生まれではなく、実際のところは没落寸前の男爵家の私生児だったって前に話したことがあったわよね。その件について、本当にあなたのご家族は気にされていないの?」 「もちろんです。むしろみんな、君と家族になれることを首を長くして待っていますよ」 「首を長く……って、そんなにお待たせしちゃったかな?」 (いやいや、1年くらいだよね? 恋人がいなかった息子にようやく春が来たってそれくらいの意味だよね? 頼む、お願いだから、そうだと言って) 「僕が学園に入学する前からですから、10年近くになるでしょうか。まあそれだけの時間がありましたから、()()()()()動く時間ができたとも言えるのですが」 (終わった……)  白目になって口から泡を吐きたい。それを必死に堪えながら、ケリーはワインを口に運ぶ。 「あ、ありがとう。あのね、もうひとついいかな」 「何でもどうぞ」 「今日のニコラスがびっくりするくらいカッコいいから、もしかして高位貴族なのかなって心配になっちゃって。そんなことないよね。一応名簿も確認してみたけれど、今いる部署にそんなひといないもんね」  ここまで来ての最後の悪あがき。必死に希望を見つけようとするケリーに、悪魔が艶やかに微笑んだ。 「名前を変えて潜り込むことは簡単なことでしたよ」 「……えーと、一体何のために?」 「僕はずっと君が好きだったというのに、君ときたらいつもするりと逃げてしまうのですから」 「だって、どう考えても釣り合わないじゃん。私のほうが年上だし……」  結婚相手として、いきなり年の離れた美少年を連れてこられたあの衝撃は忘れられない。うっかり犯罪者になったような心持ちだった。 「他のみなさんにとっては、僕の顔だとか、血筋だとか、公爵家の次期当主という立場はとても魅力的に映るようなのですが。どうしてこんなに嫌がられてしまうのでしょうね。そんなに僕のことが嫌いですか?」 「……もう勘弁して」  冗談でも「嫌い」とは言えないくらい、愛している。それがわかっていて真顔で問いかけてくるのだからタチが悪い。そしてそういうところがこの姉弟は本当に良く似ている。 「だからもう絶対に逃げられない状態になってから、正体を明かそうと決めていたんです。いわゆるサプライズってやつですね」 「サプライズって嫌われるんだよ。知ってた?」 「おや、知りませんでした」 (ちっくしょう!) 「一生懸命で頑張り屋さん、ちょっと口が悪くて、それなのに間抜けでおっちょこちょいな君が大好きなんです」  そんな正面きって馬鹿だと告げてくる男性なんてお断りだ。そう告げようとしてケリーは気づく。すでに店中の人間が、穏やかに、けれど確実にこちらを見守っていることに。  ここで求婚を拒んで社交界を敵に回せるような、鋼のメンタルは持ってはいない。それにこの腹黒で性格の悪い男にすっかり惚れてしまっているのだから。  ずっと昔から自分のことが好きだったと言ってくれているのだ。一途な純愛ではないか。ストーカーだったのではないかだなんて疑ってはいけない。 「結婚を承諾してくださって安心しました。拒まれても丸め込むつもりでしたが、それだとちょっと時間がかかってしまうので」 「諦めるって選択肢はないのよね。ほんと、殿下といい、あなたたち姉弟といい……」 「いやいや、おしどり(バカップル)夫婦にはかないませんよ」 「はい、不敬罪ね」  食事を楽しむケリーの左手の薬指には、ニコラスの瞳と同じ色の宝石で彩られた美しい指輪が輝いている。  ***  後年、子どもたちから夫婦のなれそめについて聞かれたケリーは、苦笑いで答えた。 「私は馬鹿だったから、物事の表面しか見なかった挙句すっかり騙されたの。あなたたちは、もう少し思慮深く生きてちょうだい」  ため息をつくケリーと、そんな彼女を後ろから笑顔で抱き締めて離さない父親の姿に、子どもたちは愛され過ぎるのも大変なのだとひそかに納得したのだった。
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