猿鶴合戦

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     猿渡豪介がその店に入ったのは、ほんの気まぐれだった。  夜のお店が建ち並ぶ、賑やかな歓楽街。うるさい客引きをかわしながら歩き、どぎつい色のネオンも鬱陶しく思った彼は、どこか適当なところで休みたいと思い、その店を選んだのだ。  入り口に看板が一つあるだけで、積極的に客を呼び込むこともしていない、小さなキャバクラ。客が少ないならば静かでいいだろうし、やる気のなさそうな店ならばボッタクリでもないだろう。  そう考えた上に、 「まあ多少のボッタクリでも、俺は困らんけどな」  さらに独り言を口にしながら、店への階段を降りていく。 「いらっしゃいませー!」  猿渡を出迎えたのは、化粧とドレスで着飾った若い女たち。だが彼女たちと目を合わせるより先に、彼は店内をぐるりと見回した。  ブラウン系統の調度品で統一された、落ち着いた雰囲気の内装だ。そこだけ見れば上品な店のような印象も受けるが、天井の照明が薄暗い時点で「ここはキャバ嬢にいかがわしい接客をさせるタイプの店だな」と猿渡は感じ取っていた。  まだ客は一人しか来ていないらしい。ソファーの背もたれに半ば隠れているものの、猿渡の想像を裏付けるかのように振る舞っているのが見えた。隣に座ったキャバ嬢のドレスへ手を突っ込み、激しく胸を揉みしだいていたのだ。 「やはり、そういう店か……」  目の前の女たちにも聞こえない程度の小声で、猿渡は呟いた。 「鶴子です! よろしくー!」  猿渡にあてがわれたキャバ嬢は、女子大生のような雰囲気のある娘だった。こんな店にいるのが不思議なほど、聡明そうな印象を与える顔立ちだが……。 「へえ、鶴子ちゃんか。名前の通り、まさに鶴みたいだね」  真っ白なロングドレスと、艶やかで美しい黒髪、そして唇に塗られた真っ赤なルージュ。  白と黒と赤のコントラストが目について、猿渡は、そんな冗談を口にする。 「あらあら。鶴だったら、赤と黒が逆じゃないですかー! 頭を赤くして、顔の下半分を黒くしないと……」  そう返す鶴子の言葉に、猿渡は「なるほど」と思う。  これが、彼と鶴子の出会いだった。    
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