6/8
前へ
/8ページ
次へ
 夜、私がベッドで横になっていると、誰かが寝室へ入ってきた。すぐに父だとわかった。 「寝てるか? アヤネ」  話したくない。私は狸寝入りを決め込んだ。  父は静かな口調で話す。 「いつも仕事ばかりですまない、ずっとそう思ってた」  父がそんなことを言うなんて、初めてのことだ。私は驚く。 「鶏の世話をしたら、二人の時間が増えるかな、と思って」  父は最後に、 「アヤネと、もっと話がしたいんだ」  そう言うと、静かにドアを閉め、去って行った。  私は思う。いつからだろう、父とまともに口を訊かなくなったのは。  いつからだろう、父を疎ましく感じるようになったのは。  時期も理由も、覚えていない。なぜか私は父を避け、閉じこもってしまった。固くて、冷たい殻の中に。  私は一つため息をつく。父のことを許したわけではないけれど、鶏の世話くらい、してやるか。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加