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人魚の肉を口にしたことは本当に偶然だったから、最初の百年は日本にいるのがつらくて世界中を旅した。そうしている間に、私と同じように年を取らない人たち──魔女や魔法使いと出会った。
中でもイザヤ=グリフィンとは馬が合い、魔法使いでもある彼の推薦で私は魔法使いとして新しい生き方を示してくれた恩人だ。
私は魔法薬学の才能はなかったけれど、占いに関してはそれなりに才能があったようで、今も人の未来を占う仕事を行っている。
人から外れた存在になりつつも、人間社会と折り合いをつけて生きていけるのはイザヤのおかげといってもいいだろう。そんな彼から弟子を取ったと聞いた時は驚かされた。弟子を取らないで有名だった三大魔法使いの彼らしからぬ行動に、みな耳を疑ったほどだ。
その弟子とは二、三度会ったけれど、将来美人さんになると思えるほど可愛らしい子だった。ウェーブのかかった亜麻色の長い髪、目鼻立ちも整っており、愛嬌がある。
「師匠」と呼ぶ声には、親しみと敬愛と心から愛しているという想いが溢れていた。
「師匠」
その言葉を聞くたび、出ていった弟子の事を思い出してしまう。
あれからもう十年も経ったというのに。不老不死になってからの二百五十年よりも、十年の方が長く感じられた。やはり下手に情を移したのは間違いだった。
子弟の関係はもっと淡白な方がいい。
イザヤとその弟子のメアリーのようにお互いを思い合い、結ばれるような形は稀なのだ。更につい数か月前にようやく付き合いだした二人の報告を聞いた時には、嬉しさと共に子弟というフレーズに、封印していた記憶が脳裏をかすめる。
もしかしたら、あったかもしれない未来を考えてしまう。
自分が化物だと忘れてしまいそうな、甘く儚い──けれど穏やかな日々。自分がこれほど未練がましく女々しいとは思わなかった。
人魚がハッピーエンドを迎えるなんて話を聞いたことがないように、この呪われた人生は変わらない運命なのだろう。
昔はそれでも前を向いて、生きるだけ生きよう、と思っていたのに。
最近は、少し疲れてしまったような、気だるさが抜けない。
「何かお作りしましょうか?」
ふと、にこやかな笑みを浮かべる老紳士が声をかけてくれた。かつては「赤い死神」と呼ばれていた殺し屋としての顔を知る者は殆どいないだろう。
「そうね。ピニャコラーダをお願いできるかしら」
「かしこまりました」
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