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ピニャコラーダ。一九七〇年代に流行になったカクテルの一つで、ラムをベースにしたパインジュースやココナッツミルクを砕いた氷と一緒にシェイクしたものだ。ちなみにピニャコラーダはスペイン語で「裏ごししたパイナップル」という意味らしい。
カクテルというのは花言葉のように意味がある。そう昔、弟子に話をしたのを思い出した。
ピニャコラーダは「淡い思い出」という意味が込められている。
思い出した記憶も全ては過去。
現在も未来にも繋がっていない。
「……マヤ」
低く、こわばった声に私は振り替える。そこには弟子の──最愛の男が佇んでいた。
つい先ほど店に入ってきたのか、肩には雪がかかっていた。今日降るかもしれないと思っていたが、初雪が降り始めたようだ。
そんなことを思っていると、男はジッと私を見つめて佇んでいた。二十歳に出ていって、十年経っているのだから三十歳になった年齢だろうか。それにしては少しだけ若く見えなくもない。
子供っぽさは消えており、どこぞの若社長と思えるほどの貫禄があった。黒い髪も切り揃えられ、インテリアっぽい眼鏡をかけている。ふと左の薬指に光るものが目に止まった。
それを見た瞬間、なぜ私の元を離れたのかようやく腑に落ちた。
一緒に居られない理由。私とは別に付き合っている子がいたということ。
(ああ、だから……)
「……隣に、座っても?」
絞り出すような声に、私はハッと考えを現実に引き戻された。女の顔から師としての仮面を素早く被る。そうすれば喚き散らすような醜態を晒さなくて済む。
「座るならさっさとしなさい」
「ありがとう」
別にお礼を言われる筋合いはない。場の空気は一層静かに重くのしかかる。遠くで聞こえるジャズピアノの明るいメロディーが唯一の救いだ。忘れていたが明日はクリスマスだった。
そんなことを今更思い出した自分に笑ってしまう。
「それで、要件はなに? わざわざ東の国まで呼びつけたのだから、それなりの理由があるのでしょう?」
「…………」
私は重苦しい空気に耐え切れず、本題に入った。
彼は少しだけ困ったような、複雑な顔で微苦笑する。
「せめてカクテルで乾杯をさせて欲しいのだけれど? それも駄目か」
あまりにも切ない声に、良心が痛む。まるで自分が聞き分けのない子供のようで、そんな些細なことにも落ち込んだ。
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