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可愛げのない言葉を吐き出す。私に連れ合いなどいないし、この十年はすっかり色を失って、どこに行っても心から楽しいとは思えなかった。だというのに、それをもたらした元凶である彼の無神経な発言にイライラした。
「そうか。……今、幸せか?」
「ええ。貴方と一緒に居た時よりもずっとね」
半ばやけになって叫ぶように答えた。だが、彼は「そうか」と今にも泣きそうな顔で、微笑んだ。それはまるで私の幸せを切に願っていた──そんな姿に、不覚にもドキリとしてしまった。
「お待たせしました。オリンピックでございます」
「ありがとう」
紅茶色のオレンジの香りがするカクテル。彼は味わいように、そして一口で飲み干した。
「マヤ、今日アンタを呼んだのはアンタが幸せかどうか、知りたかったからだ。……色々事情があって、アンタの傍を黙って離れてすまなかった」
彼の目は僅かに潤んでいた。
私は頭を振った。怒りが消えた訳ではない。けれど踏ん切りがついたというようなものだ。きっと彼には彼の事情があるのだろう。
けれど彼に何があったのか触れたくはなかった。触れればまた思い出してしまうから、思い出は美化されて過去に囚われてしまう。塞いだ気持ちがまた溢れてしまうのは嫌だった。
(私は師匠なのだから、せめて別れ際ぐらいそれらしくしなきゃ……!)
私と彼の関係は修復できない。その事実が形となって目に見えてしまったのだから、未練がましく彼を想うのは終わりにしよう。
「貴方は──幸せだった?」
私の問いに彼は少し複雑そうに微笑んだ。
「全然。けれど大事な人の事を想えば……なんとかやっていけたよ」
「そう」
「今日は俺に会ってくれてありがとう。アンタが幸せなら──それでいい」
一方的に話をまとめると、彼は席を立って店を後にした。まるで嵐が通り過ぎたかのようだ。私は追いかけなかった。これ以上、恥を上塗りしたくない。
結局、彼は何がしたかったのか。私には最後まで分からなかった。
「おや、お連れの方は?」
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