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「一つだけ方法がある」と、引退した死神は俺に教えてくれた。
彼がまさか横浜のbarでマスターをやっているとは予想できなかった。
「それは恋人ではなく、生涯連れそう伴侶を得ることです。そしてそれにはいくつか条件があります。まず一つは『自身が死神だと意中の相手に伝えて相手が信じること』。もう一つは『プロポーズを受け入れてくれること』。この二つの条件がクリアされれば、死神の力を失わずに傍に居られるでしょう」
簡単といえば簡単だが、言うは易く行うは難し。
そもそも死神が現世の人間に正体を明かすこと自体がタブーなのだ。相手に受け入れられなかったら──信じてもらえなかったら、死神の力を剥奪されて俺は消滅する。
だから前の担当者たちは彼女の元を去ったのだ。あるいは消滅した。
彼女は不老不死だけれど、ある意味リアリストで、魔法使いの存在は認知しているが、人外の存在に関してはかなり疎い。人魚と出会っているからか、そういった類の存在を極力関わろうとししないし避けていた。
「俺が絶対に一緒に居る。永劫だろうと、どれだけの長さだろうと、アンタの傍に居る」
そう約束したのだ。
俺は躊躇わなかった。
すぐさま冥界に戻り、手続きを済ませて戻るつもりだった。けれど人手不足で死神の仕事が急激に増えた為、俺は駆り出されることなる。
冥界の亡者たちの鎮圧に三年。
けれど、それは現世では十年経っているなんて知らなかった。
十年、人間にとっては長い時間だけれど、彼女にとってはそこまで──。
そう思っていた。
けれど、そう思っていたのは俺の驕りで、都合のいい妄想だ。
再会した時、俺は息をのんだ。
彼女は相変わらず美しかった。濡れたような黒い髪に、真珠のような白い肌、凛とした顔立ち、目が眩むようないい女。豊満な体形は変わっておらず、深紅の背中の開けたドレスに、銀のアクセサリーは彼女の美しさを際立たせた。
そして見てしまった。左の薬指にある指輪を。
「連れ合いが……できたのか?」
情けない声が出た。十年という月日は俺と彼女にとって関係を終わらせるには十分な時間だった。俺にとっては三年ちょっとだったとしても、彼女にとっては十年だ。それも唐突に消えたのだから、恨まれても仕方がないだろう。
全部、自分が蒔いた種だ。これで同情を引いて、彼女の幸せを壊す権利など俺にはない。
彼女の笑顔を砕いて、それで──? その後は?
誰も幸せにならない。
そんなのは嫌だ。
たとえ俺が消えてしまうとしても。
老紳士がいないうちに、俺はレジに金を置いて店を出た。
店の外に出るとしんしんと雪が降り落ちる。
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