第1話 彼女視点 前編

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第1話 彼女視点 前編

  「お前のところにいた──ああ、あの死神みたいなやつ。お前に会いたいって事で、セッティングしたから後でメール送るな」  青天の霹靂のような展開に、私は微苦笑した。イザヤ──私の恩人はいつだって急に連絡をしてくる。  翌日、横浜の観覧車が見えるとあるbar(指定場所)に来ていた。深海のような薄暗さの中に、淡い月明かりをイメージした照明が点々と店内を照らす。壁は全て水槽になっており、珍しい熱帯魚たちが自由気ままに泳いでいる。窓の向こうには世界最大の時計型大観覧車が覗え、宝石のような美しさが今の私には眩しく見えた。  カウンターの端に座りながら、私はグラスを傾ける。ジンベースのフルーティーな味わいのブルームーンを飲み干すと、ため息が漏れた。 「ふう」  ここは会員制なので誰かと待ち合わせをするにはちょうどいい。待ち合わせをしているのは、元弟子だ。十年ぐらい前に忽然と姿を消した不詳の弟子──いやもっと言えば、元恋人でもある。 (今更なに?)  私は薬指にある銀の指輪に触れた。男除けでいつもつけているのだが、外しておくべきだったのでは? そう考えて、私は頭を振った。元弟子が何のために私に会うのか分からない以上、これは必要なものだ。何より私を捨てた男に対して気遣う必要などない。 『俺が絶対に一緒に居る。永劫だろうと、どれだけの長さだろうと、アンタの傍に居る』  そう言いながらも私の前から姿を消した男は一人二人じゃない。  だから部屋から彼の荷物が無くなった時は「ああ、またか」と落胆しつつも、妙に納得したような──そんな気分だった。  運命なんてロマンチックなことは早々起こるはずもない。淡い期待をするべきではないのに。  もう何度繰り返しだろうか。  二百五十年も生きていればいろいろある。私が不老不死(化物)と分かった途端、引きつった顔を見せ、裸足で逃げ出していった。  私の愛弟子もそうだ。  ひょんなことから拾った子ども。魔法学の才能は全くなかったが、料理がとても上手で、家事や洗濯などを器用にこなしていた。そんな彼が二十歳になった頃、私は自分の秘密を明かした。 『昔、人魚の肉を口にしたことで不老不死になったのだ』と。  この手の話は東洋──日本ではよく文献が残っており、有名どころでは「八百比丘尼」と「戸隠伝説」の話だろうか。「八百比丘尼」の場合は、「人魚の肉を食べると不老不死になり、最期には出家して尼になる」。「戸隠伝説」の場合は「人魚の肉を食べた者は人魚になる」というもので、私は前者──つまりは「八百比丘尼」に該当するのだろう。  故に私は二十八歳のまま生き続けている。
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