再生

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「ルミミン、ワリィ。やっぱオレ、まだチチオヤになんのムリだゎ」  いつものチャラい口調は、その時ばかりはドラマのシリアスなシーンのように真に迫っていた。 「チョ、コンドはマークンがヤんじゃった? シンパイしなくてもダイジョ」 「オロしてくんね? それがムリならワカレょ」  ……おい。  おいおいおいおい。  ちょっと待て。落ち着け。  親父、アンタも不安なんだよな? 俺は生涯独身だったが、会社の同僚にアンタみたいな新米パパがいて散々愚痴を聞いてきたから分からんでもないぞ。子供が産まれると同時に我が子を立派に育てるという責任が生まれるからな。仕事と違って途中で辞めることができないから相当のプレッシャーだって言ってたもんな。だが、今更後戻りはできない。もう腹くくるしかないんだ。  お袋だって同じ気持ちだ。初めての子供なら誰だって不安になる。だからこそ協力して立ち向かい、歓びも苦しみも分かち合うんだ。それが夫婦ってもんだろ。 「……オロすのはムリ」 「じゃワカレょ。オタガイのタメに」  は? お互い? お前はよくても、お袋には俺がいるんだ。どう考えてもフェアじゃない。今更逃げようとすんな。 「……ホカにオンナできた?」 「……ウン」  うわ、最悪コイツ。 「ヒトリでソダてんのムリならシセツにアズけりゃイイジャン。どっかにヨウシにだすってテもアルし。そしたらルミミンもジユウになれるょ」  そういう問題か? この男……とんでもないクズだ。俺以上の。  胎児の俺に異議を唱えられるわけもなく、俺の親父になるはずだった男は出て行き、お袋のすすり泣く声だけが俺の耳に届いた。  あっけなく産まれる前から片親が確定した。いや、下手したらお袋も育児放棄しどこかの施設に預けるか、最悪産まれた直後どこかに置き去りにされセカンドライフ終了……。  そんなバカな話あるか。いや実際望まない妊娠をしてしまい追い詰められてそんな行為に走った事件を何度もテレビで観た。産まれる前からもう生存競争は始まっているんだ。  もったいねぇ。せっかく出来のいいガキが産まれるってのに。いや出来どうこうって問題じゃない。みんな数億個の細胞の中から奇跡的に選ばれ、腹の中でジッと耐え待っているんだ。命は奇跡と努力の結晶だ。簡単に捨てれるようなもんじゃねぇ。  ……って、自ら命を捨てた人間が言うなよって話だよな。  クズな人生を歩んだ俺だって、お袋が腹を痛めて産んだ奇跡と努力の結晶だった。その気になって頑張れば、もう少し生き永らえたかもしれない。  ああそうだ。今なら言える。俺は生きたい。精一杯生きたい。次は決して途中で投げ出したりなんかしない。だから頼む。俺を捨てないでくれ。いつかきっと、あんたに産んでよかったと思わせてみせる。どうかこの通りだ。俺は生きたい……生きたい……生きたいっ……! 「……ダイジョブだょ……ウチ、ゼッタイ、キミをソダてるからッ」  俺の意思が伝わったのか、涙ぐんだ力強い声が子宮内に響いた。
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