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敵というほどでもない
「コロナ大変だったぁ! でも痩せたでしょ?」
一週間ぶりに出社したパートさんが腰に手を当て、大きな体をぶりぶりとくねらせる。言われた私は真剣に注視したが、どこが変わったのか全くわからず、彼女の機嫌を損ねたようだ。
ところで私も五ヶ月前にコロナで痩せた。それを機に快復後もダイエットを継続し、現在まで十八キロ落ち、誇張抜きに体型が変わった。彼女は気づいていないのか、痩せたねと言ってこない唯一の人である。
「このお盆に息子が帰省すんの。六年ぶりに」
彼女はうっとりと口にする。脂で曇った眼鏡の奥で、小さな瞳が恋する乙女のようにとろけている。どこかの交響楽団の弦楽器奏者だという息子の話をする時、彼女はいつもあの顔になる。
「それは大変ですね。コロナがまたこんなに流行ってる時に」
意地悪で言ったつもりはないのだが、この返しは浅慮だったと気がついた。彼女はたちまち鬼の親玉のような形相に変じ、キッと私を睨めつけた。
「だったらいつ会えっていうの! また六年待てっての!?」
そのままどこかへ行ってしまった。しかし追って謝る気にはなれず、自分の仕事に取り掛かることにする。
確かに私の発言はいらぬ冷や水だったが、また六年待てなどとは言っていない。それに六年も帰省がなかったのは、息子自身があんたに会いたくないからではないのか。私に当たり散らさないでほしい。
しかしイラついたのは数分くらいのもので、あとはひたすら仕事に追われることとなった。彼女も。休んでごめんとは言わないが、ハキハキと大きな声を出して、病み上がりとは思えない働きぶりだ。
それを横目に少しだけ考える。お盆が明けた頃、息子さんはお元気でしたかとでも話しかけてみようか。その会話も、どうせうまくはいかないだろうけど。
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