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馬鹿とお馬鹿
大学の先生が言っていた。ある雑学系番組に専門家として呼ばれた時のこと。
かの歴史上の人物はピロリ菌が原因で亡くなりました。そのまま話が進むかという折りに、お馬鹿キャラでブレイク中の女性タレントがこう発した。
「ピロリ菌って何ですか?」
ふっと弛緩した空気、破顔する大御所を背景に、進行助手役のアナウンサーが的確な注釈を挟む。これを見て、先生は大いに感心した。
ピロリ菌についてきちんと知っている人がどれだけいるだろうか。女性タレントは役目を負ったのだ。台本がそうだったにしても、キョトンとした表情と声のトーンは、ピロリ菌という響きのおかしさも利用して視聴者の注意を引く。解説を聞きながら怯えた顔をすることで、どんな視聴者にも「怖いものなんだな」と最低限の理解を与える。彼女は馬鹿じゃない。馬鹿にできることなどではない。……
「すみません。その◯◯って何でしょうか?」
アルバイト先のミーティング。店長の独壇場、タイミングを見計らってそう差し込んでみた。店長は喜んで説明してくれた。他の人達は、やれやれという表情を浮かべつつ、耳ではこの解説をありがたく聞いている。知ったかぶりにならなくて済んだと安堵している。
共通認識が強固になり、仕事は以前よりもスムーズに回り始めた。だけどこれを続けていった結果、皆の私への扱いは。
「Aちゃんはちょっぴりお馬鹿だからなぁ」
「Aちゃんこれ知ってる? 教えてあげるよ」
あの女性タレントは、それでお金をもらってご飯を食べている。だけど私は何を得ただろう。安心して見くびっておける存在。可愛がられるだけいいのかもしれないが、それも私が若い女であるうちだけだろう。せめてあの先生のように、わかってくれる人がいたらいいのにと思ってしまう。
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