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なないろ
仕事に打ち込み、夜、帰途につく。ずっと我慢していた涙が垂れ流れ始める。無表情で、しゃっくりも出ない。涙だけが、締まらない蛇口みたいにとろとろと。
何も食べたくない。誰とも話したくない。今日は推しているメジャーリーガーが地区優勝を決めた。なのにちっとも嬉しくない。鬱症状として決定的だった。
恋人からLINEが届いたけれど、喜びも安堵も訪れない。返事を打って送ることがつらかった。
家まで足が動いたのは、鞄の中の仕事をやろうと思ったからだ。でも床に倒れ込んだ。服も化粧もそのまま、何時間か静かに過ごした。スマホが震え、表示を目にし、ようやく身を起こす。
電話に出ると、恋人が泣いているのでびっくりした。そっけなくされたのを責め立てるのではなく、ただ私を案じているのだった。
鬱とは無縁という性格の人はいて、恋人はまさにそれだ。そんな彼が私から話を聞き出そうとしている。
「……あなたの地元に行った時、富士山が大きく見えてすごかったよね。虹まで出てきて、一緒に写真を撮れて、とても幸せだった。でも鬱になると、全部何も感じられなくなる。綺麗な虹を見ても、モノクロにしか見えなくなる」
私は知っている。説明したところで、わからない人にはわからないものだ。でも、彼が一層涙したのは、鬱というものについて瞬く間に理解した証拠だった。
「共感はできなくても、理解はしたい、君のことだから。笑っている君の顔が好き。大好きな君に消えてほしくない。これからも一緒に、綺麗なものを見たり、おいしいものを食べたりしたい。……」
夜通し話し、電話を切った。カーテンを開けると光が差し込んできた。コンタクトは二十四時間着けっぱなしで、なのに視界はやけに鮮やかだ。お腹が空いた。彼のくれた小さなクッキーがあったので、全部食べた。すごくおいしくて、もっと食べたいよ、と思った。
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