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初恋
竪琴を手に諸国を放浪する。真新しい切り株、川原の乾いた岩石、崩れかけた煉瓦の塀、気が向けば腰を下ろし、恐ろしい古の魔女の詩を口ずさむ。
「吟遊詩人さん」
僕の名を呼ぶ者はいない。名乗らないのだから当然ではある。どこの誰なのかも知らないまま、女達は白い手で僕を誘う。柔らかな肌に口付け、快楽に引き攣れる歌声を聴いた後、気怠い甘ったるさに満ちた寝台に沈み込む日々。
竪琴を奏で、月明かりの滴る夢の中を歩く。そんな僕の後ろを、皺だらけの小さな老婆がトコトコと付いてくる。
「やっぱりあんたは歌が上手だね」
穏やかな声。かつて人々の心胆を寒からしめた魔女とはとても思えない。
何の気まぐれか、幼子の頃の僕を拐った人。二十年も熱心に魔法を教え込んだ、その弟子に逆に囚われて、今はただ僕の夢の中でしか生きられない。
「もうすっかり春さね。次は、美しい花の咲く町へ行っておくれでないかい」
「そうだな、ババア」
頬の熱とこそばゆさを誤魔化すように僕は歌い続ける。「本当に上手だね」と、また、僕の大好きな言葉をくれる人。
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