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それからというもの。
毎日来てんのかな。あれ以来、何故かほぼ百パーセントの確率であのベンチに彼はいた。俺の散歩する時間帯と同じ時間にたまたまいつも来てるんだろうか。今までいなかったのに?
一週間くらいして、気になったので聞いてみると彼はやっぱり「たまたま」だと答えた。その前に「運命かもね」とかふざけて言った彼に「それはない」と反射的に否定してしまったせいかもしらんけども。
「マジでたまたま?ですか」
「大体歳同じだから敬語はいいよ」
「何で歳知ってんの?」
「免許証拾ったよ」
「え、嘘!?」
「うそー」
「はあー」
流された…。というか、実は吸血鬼で数百歳、みたいなことではないのかと一人考えてしまった。見た目が見た目なので、初めて会った時から実はそうだったりすんのかなと勝手に想像してしまっていたんだ。
でもそんな考えを先読みしたみたいに彼はすぐさま否定して、自分のことを話してくれた。どうやら彼は最近この辺りに越してきたらしい。どうりで今まで見なかったわけだ。
「で、こんな見た目でしょ?子供の頃から吸血鬼っぽいってよく揶揄われたなぁ」
「なんかすいません」
「きみは何も言ってないでしょ。口では」
「あぁ、目はうるさかったと」
「正直でおもしろ…いいと思うよ」
「おもしろいって言った」
「そんでね、」
「あ、続ける感じですか」
「あ、もうやめときます?」
「いえ、聞きたいです」
「わう」
俺が促すと、彼は続きを話してくれた。子どもの頃から見た目のことでよく揶揄われたこと、両親が転勤族で引っ越しも多く、友達が中々できなかったこと。
独り立ちして漸くひとつの街に腰を据えることができそうなこと。それから。
「大人になってから、褒められることしかなくなって」
「………どこを?」
「きみのそういうところ、僕は好きだよ」
「あ、さーせん」
「ふはっ」
笑われた。というか水を差してしまった。しかし何となく話は分かった。行動や言動はともかく美しい容姿の彼は、大人になるにつれ周囲からちやほやされることが格段に多くなったらしい。
子どもの時もそれはモテただろうが、大人になると取り巻く環境も周りの考えも変わる。引っ越しなんてしなくても変わるものは変わるわけで。周囲の反応は何となく想像がついた。
「まぁそんなこんなで、どこに行っても僕はものすごくモテました」
「自分で言うんだなぁ」
だからあの時変なこと言ってきたのかな。初対面なのにいきなり「罵倒して欲しい」だとか。褒められ過ぎると、たまには誰かに罵られたくなるんだろうか。
その気持ち、俺には全然全く欠片も分からん。
黒い髪を揺らしながら彼はまだ俺の愛犬を撫でている。もうすっかり彼に心を許しているらしいアホで賢い愛犬は、撫でられる度にうっとりと眠たそうにしている。
それをぼうっと眺めていると、彼がまたぽつりと零した。
「いや、現在進行形でモテてるんだよなぁ。…きみ以外には」
「わふ」
そう意味ありげに言って膝の上のもふもふした毛並みを撫でると、彼はちらりと俺を見た。珍しい動物でも観察してるみたいな何とも言えない眼差しである。やんのかコラ。
「きみ、恋人いる?」
「いませんが」
「そっかぁ」
「…恋人もいないのに自分に惚れないなんて、とか思ってます?」
「え…超能力者なの?」
「顔に書いてましたが」
しばらくして分かったことだが、彼は結構分かりやすい。思っていることが顔にもオーラにも出るので、口に出される前に何となく分かってしまう。
それがおもしろくて話すと結構気安くて、相も変わらず…いや、多分前よりもっと、俺はこの散歩の時間が好きになっている。なんてことはちょっと恥ずかしいので言わないけど。
「驚かないでね」
「はぁ」
「実はさ、」
「…はい」
「実はこの瞳で、きみに魅了の魔法掛けてみてるんだよね」
「へぇ。吸血鬼みたいっすね」
そういう冗談も言うんだなぁだなんてぼんやり思いながら俺も愛犬に手を伸ばした。もふってする。二つの手に撫でられながら愛犬はすぴすぴ寝息を立て始めた。天使だ。
「ちなみにこの子には何もしてないんだけどな。誓って」
「その魅了ってわんこにも効くの?」
「まぁ、あまり試したことはないけど、多分ね」
「へー」
「信じてないなぁ」
「…?だって、吸血鬼じゃないんでしょ?」
マジで冗談なのか本気なのか分からなくなって顔をもふもふからさらさらの方に映すと、真顔で俺を見据えるお顔が待っていた。とく、と身体が何か言った気がする。でもそれだけ。
瞳が、紅く光った気がしたのは初めて会ったあの時だけだ。あれ以来もずっと彼の瞳は紅いけれど、妖しく見えることはない。でもなんかびっくりしちゃった。顔が近かったからかもしれない。
「ちなみに今は、普通に見ただけ」
「はぁ。えと、まだ魅了?の話…ですか?」
「うん。同じ人間に一回しか掛けられないんだ、これ」
「へぇ」
もしかしてあの時…とすべてがスローモーションになったあの瞬間を思い出した。まさかあの時に、俺は魅了というやつを掛けられていたんだろうか。
彼の言うことを全部信じたつもりはないけれど、まさかという考えが過った。だから、あんなにもすべてが美しく見えたのでは、なんて。思ったのも数秒。
「そんできみには、あの時に掛けた」
「どの時?」
「罵倒してって言った時」
「………?」
「見事に玉砕だったよねぇ」
え、えぇー。
「なぁんでそのタイミング選ぶかなぁー!」
初めて顔を見たあの瞬間じゃなかったんかい!
「え、ダメだった?」
「逆にあのセリフ聞いてもときめくのかその魅了ってやつはっ!?」
「いけると思った」
「本当に今までモテてたのか?いや、逆にモテ過ぎて…?」
もう何も分からんけど一個だけ確実なのは、こいつがやっぱ変だってことだ。頭を抱えていると、隣で彼が呟いた。
「きみって本当に純粋だな」
「は?」
「魅了のこと、信じてくれるなんてなぁ」
「いや、別に信じてるわけじゃ…え?」
「ん?」
髪が揺れる。瞳が覗く。紅色だ。綺麗だと思う。けれど。
「吸血鬼じゃ…ないんですよね?」
「さぁ?どうだろう」
にやりと微笑った口元から、白い歯が覗いた。二本だけ鋭い犬歯は、ちょっと愛犬のそれに似ている。
「仲良くしてね、 くん」
肌に触れても意外に痛くないことにぱちくりしていると、ほんのちょっと上から声が降ってきた。
「口にされると思ったでしょう」
「うっさい」
悪戯成功みたいな顔をする彼を睨みつけながらおでこを拭いていると、「ぼくも混ぜろ」と言いたげに愛犬がまた「わふっ」と鳴いた。
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