六章:事件の終焉

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   伊知が司に目をやると、彼は項垂れたまま、刑事の前に歩み寄った。その両手に手錠がかけられ、刑事らが司をパトカーへ連行していく。  刑事がこちらを振り向き、捜査協力の礼にぺこりと頭を下げた。伊知も礼を返すと、やがて彼らはパトカーに乗り込み、車を発進させた。  これで、やっと事件は終わった。  騙し合いの恋人ごっこは、一家の大黒柱が家族を捨てるために準備した計画の復讐だった。  甘い恋もふたりきりの幸せな時間も、どこにもありはしなかったのだ。  頭上を見上げると、夜空を切り裂いたかのような明るい三日月が浮かんでいた。やがてその月も分厚い雲に隠れ、次第にぽつりぽつりと雨が降り出した。  視界を穿つ雨粒を顔に受けながら、伊知は物思いに沈んでいた。  この事件は、最初から最後まで、誰かの狂気に彩られた事件だった。  欲望と憎悪の汚泥にまみれた、醜い人間同士の噛みつき合い。互いの命をかけた、終わりのない泥中戦。  打たれた終止符とて、決して素晴らしいやり方ではなかっただろう。  自分も、星野司という一人の人間の人生に、終止符を打ってしまったのだから。  どうしたら良かったのだろうか。その問いに、答えはない。答えを知る人間も、答える資格を持ち合わせる人間もいない。  ただ、一つの家族と一人の人間が、完全に奈落に堕ちてしまった。  この場合において結果は、それだけでしかない。 「嗚呼──月が、綺麗だ」  今にも雲に覆い隠されそうな三日月が放つ、最後の微弱な月光を浴びて。  段々と激しさをます雨の中、雨とも涙とも分からぬ水滴を目からこぼしながら、伊知は空を見上げ続けていた。             (完)    
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