三章:カフェにて

3/7
前へ
/35ページ
次へ
 ふと、沙月がささやいた。 「ずいぶん時間押しちゃってるし、外寒いし・・・・・・デパート行くのはなしにして、私の家に行かない?お家デートとか」  思わぬ提案に、昂輝は危うくコーヒーを吹き出しかける。涙目でむせていると、沙月はくすくすとおかしそうに笑った。 「ごめんごめん。昂輝くんには、ちょっと早かったかな」 「そうですね、僕の体感としては流星群並みにはやいです」  昂輝がそう言うと、沙月は申し訳無さそうに下を向いた。 「だよね・・・・・・やっぱり、急かしすぎたよね。記憶を取り戻してもらうのも、恋人としての付き合いも」    彼女は声を落とした。その肩が小刻みに震えているように見えて、慌てて昂輝は勢いよく椅子から立ち上がる。 「そ、そんなことはないですよ。大丈夫です、全然平気です。ぜひ行かせてください、喜んでお邪魔します!」  声を張り上げて叫ぶ。自分の大声に一瞬、店内が静まり返る。  沙月は目を瞬かせると、きょとんとしたような顔になり、それから吹き出した。 「な、何を笑って・・・・・・」  口ではそうもごもご言いつつも、だんだん恥ずかしくなってくる。膨らむ羞恥心を抑え込み、昂輝はごく自然な動作で椅子に座り直した。  鼓動が早まっているのを感じる。叫んだからという理由だけではないだろう。  手のひらに汗をかいている。沙月が笑うたびに、なんだか目眩がして、視界がぐらりと揺れる。  やっぱり、自分は彼女に──。    ***  沙月は、必死な形相で叫んでいた昂輝が、次第に恥ずかしげに顔を赤くしていくのを眺めながら、まだ笑っていた。  ──ああ、おかしい。  彼は今や両手に顔を埋め、恥ずかしさに身悶えている。  でもそれはどうやら、若干速めな拍動の意味を、別の意味に捉えているがゆえの気恥ずかしさらしく。 「恋なんかじゃ、ないのにね」  低くささやいた言葉は、聞こえない。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加