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ふと、沙月がささやいた。
「ずいぶん時間押しちゃってるし、外寒いし・・・・・・デパート行くのはなしにして、私の家に行かない?お家デートとか」
思わぬ提案に、昂輝は危うくコーヒーを吹き出しかける。涙目でむせていると、沙月はくすくすとおかしそうに笑った。
「ごめんごめん。昂輝くんには、ちょっと早かったかな」
「そうですね、僕の体感としては流星群並みにはやいです」
昂輝がそう言うと、沙月は申し訳無さそうに下を向いた。
「だよね・・・・・・やっぱり、急かしすぎたよね。記憶を取り戻してもらうのも、恋人としての付き合いも」
彼女は声を落とした。その肩が小刻みに震えているように見えて、慌てて昂輝は勢いよく椅子から立ち上がる。
「そ、そんなことはないですよ。大丈夫です、全然平気です。ぜひ行かせてください、喜んでお邪魔します!」
声を張り上げて叫ぶ。自分の大声に一瞬、店内が静まり返る。
沙月は目を瞬かせると、きょとんとしたような顔になり、それから吹き出した。
「な、何を笑って・・・・・・」
口ではそうもごもご言いつつも、だんだん恥ずかしくなってくる。膨らむ羞恥心を抑え込み、昂輝はごく自然な動作で椅子に座り直した。
鼓動が早まっているのを感じる。叫んだからという理由だけではないだろう。
手のひらに汗をかいている。沙月が笑うたびに、なんだか目眩がして、視界がぐらりと揺れる。
やっぱり、自分は彼女に──恋をしているみたいだ。
***
沙月は、必死な形相で叫んでいた昂輝が、次第に恥ずかしげに顔を赤くしていくのを眺めながら、まだ笑っていた。
──ああ、おかしい。
彼は今や両手に顔を埋め、恥ずかしさに身悶えている。
でもそれはどうやら、若干速めな拍動の意味を、別の意味に捉えているがゆえの気恥ずかしさらしく。
「恋なんかじゃ、ないのにね」
低くささやいた言葉は、聞こえない。
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