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「そういえばさ」
歩きながら、沙月が話を切り出す。昂輝は何気なく彼女の方を向き、言葉を待つ。
「もう事故から1ヶ月経ってるけど・・・・・・やっぱり、私のこと思い出せない?」
悲しそうに顔を歪め、沙月が尋ねてくる。その問いに、昂輝も困ったような笑顔を浮かべ、答えた。
「ええ。すみません、まだ何も思い出せていなくて」
「そっか。まあ、あまり急かすのも良くないけど、でも──ちょっと心配でさ」
小さく呟く彼女のことを、じっと見つめながら。昂輝は、密かに考えている。
もし、自分が沙月のことを思い出すことができなかったなら。
自分はもう一度、彼女に告白するのだろうか。
彼女との出会いも、付き合い始めたきっかけも、まだ他人事のようにしか感じられない昂輝は、そう思いを巡らせるしかない。
***
寒空の下を、二人は歩いていく。
片や、久しぶりに訪れるのであろう恋人の家へ。
片や、殺したい彼を引きずり込む自分の領地へ。
恋心と殺意。
まったく違うふたつの思いが、交錯することはない。
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