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岩本太一は、寒さに身を震わせながら、人通りの少ない道を歩いていた。
「寒っ」
吹き付ける風に両腕を抱き、鼻をすする。
はやく帰って、温かいココアでも飲みたい。そんなことを思いつつ、彼は、先ほど鉢合わせた友人のことを思い出していた。
およそ一ヶ月前、事故で恋人に関する記憶だけを失ったという昂輝の隣には、恋人であるという沙月がいたそうだ。
だが、しかし。
「いやあ、昂輝から『沙月さんとまた付き合ってる』って聞いたときは、本気で驚いたな。あえて言わなかったけどさ」
小さくつぶやきながら足早に歩く彼は、知っているのだ。
昂輝が記憶をなくす前まで、星野沙月は昂輝の彼女でもなんでもなかったということを。
「沙月さんは、昂輝が記憶をなくしたことを機に、恋人を装って昂輝に近づいた。要するに──」
昂輝から聞いた沙月の言動に違和感を覚え、彼女を探ろうと、星野沙月を口説くふりをし、その反応をうかがった。
その結果は──
「ありゃ、クロだな」
太一は踵を返すと、今まで進んできた方向とは、反対の方向に足を向けた。
彼らの行き先は知らない。
だが、もしも沙月が、お家デートなどと称して、昂輝を家に連れ込んででもいようものなら。
助けるしかない。
「待ってろよ、昂輝。絶対に助けて見せるからな」
唇を噛み締め、太一は走り出した。
彼らの行き先など知らない。だが、わからないのであれば片っ端から洗い出すだけだ。
絶対に、助け出す。
沙月の魔の手から、必ずや救い出してみせる。
──彼女は絶対に、何か良からぬことを企んでいるのだから。
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