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二章:気づき
沙月からもらったお茶を飲みながら、昂輝は心臓が早鐘を撞くのを感じていた。
彼女とは実質、出会ってから一ヶ月しか経っていない。
話すときには敬語だし、彼女の恋人のような距離の詰め方には、未だに戸惑うことも多い。
だが、確実に距離は縮まっていた。下の名前で呼び合うことに慣れてきたのも、進展したことの証だろう。
他人行儀な素振りがいつになったら直るのかは、まだわからない。彼女も、それを急かすことはしない。
それでも昂輝は、沙月と離れて生きていく自分のことを、想像できなくなっていた。
「・・・・・・なんだろう、これは」
「ん、何?」
ぼそりと呟いた言葉は、冷たい北風の音が掻き消してしまった。
「いえ、なんでもないです」
そう答えると、沙月はこてんと首をかしげた。愛嬌ある動作に、思わず心臓が強く締め付けられるような感覚を覚える。
なんだ。いったいなんなのだ──この胸の高鳴りは。
熱でも出たかのように頬が赤く染まり、体温が上昇していく。
ばくばくと脈が早くなっていくのを感じながら、昂輝はだらしなく弛緩した口元を手で押さえた。
この感覚は、なんなんだ。
答えの分からぬ問いを心のなかで反復しながら、昂輝は無言で赤くなった顔を手に埋めた。
***
沙月は、バッグに手を添えながら、隣を歩く昂輝の姿をじっと観察していた。
幸い彼は両手で顔を覆っており、こちらの視線に気づきさえしない。
──うまくいったみたいね。
バッグの中で揺れる、自分の分のお茶にそっと指先で触れる。耳元まで赤くなった彼を見やり、薄く笑った。
──こっちは、安全なのよねぇ。
そんなことを思いながら、昂輝を軽く小突いてやれば、彼は赤い顔をさらに赤くする。
「ちょっと、昂輝。なに照れてるのよ。可愛い彼女がわざわざ自分のために飲み物持ってきてくれて嬉しかったのかな、童貞くん?」
「なっ⁉ ちちち違いますよ、そういうわけじゃ──」
「うふふ」
黒い魂胆を腹の中に隠しながら。
沙月は、仮初の笑みを浮かべる。
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