6人が本棚に入れています
本棚に追加
「へー、この子が前に言ってた沙月ちゃん?すげえかわいいじゃん、昂輝。ていうか、彼女がいたんなら教えてくれたら良かったのに。あ、それとも、俺にとられるのが怖かった?」
太一は早口で喋りながらおもむろに立ち上がり、沙月の手を握る。
「あの・・・・・・」
沙月の戸惑いの言葉も無視し、被せるようにして彼はぺらぺらと話し始めた。
「よろしくー沙月ちゃん。俺ね、岩本 太一っていうんだ。なあなあ、こんな君のこと忘れちゃうような寂しいやつより、俺と遊ばない?いいじゃん、せっかくこうして会えたのも運命だと思うんだよね」
沙月が言い返さないのを良いことに、一人勝手にまくし立て、手まで握っている。
さすがに良くないだろうと思い、昂輝は身をねじ込ませるようにして、二人の間に割って入った。
「おい、太一。今どきナンパは流行らないぞ」
そう鋭く告げれば、彼は驚いたように押し黙り、それから額をぴしゃりとうって心底おかしそうに笑った。
「あははは。面白いなお前。まあ確かに、今のは口説きとしちゃずいぶん雑だったけどさ」
太一は椅子に置いた荷物をとると、二人に背を向け、立ち去っていった。
「おふたりとも、お幸せに!」
振り向きざま、そんな言葉を残しながら。
「やめてくれよ、大声で・・・・・・恥ずかしい」
再び顔に手を埋め、昂輝は呟いた。
付き合い始めて、はや数年。しかし、実質一ヶ月。こちとら、未だに慣れていないというのに。
「いいじゃない。応援してくれたし、いい人なんじゃない?」
「そうでしょうか」
うつむきながら、昂輝はため息をつく。
店員を呼ぶ沙月の声をぼんやりと聞きながら、昂輝は一ヶ月前、彼女との出会いを思い出していた。
最初のコメントを投稿しよう!