二章:気づき

3/5
前へ
/35ページ
次へ
「へー、この子が前に言ってた沙月ちゃん?すげえかわいいじゃん、昂輝。ていうか、彼女がいたんなら教えてくれたら良かったのに。あ、それとも、俺にとられるのが怖かった?」  太一は早口で喋りながらおもむろに立ち上がり、沙月の手を握る。 「あの・・・・・・」  沙月の戸惑いの言葉も無視し、被せるようにして彼はぺらぺらと話し始めた。 「よろしくー沙月ちゃん。俺ね、岩本(いわもと) 太一(たいち)っていうんだ。なあなあ、こんな君のこと忘れちゃうような寂しいやつより、俺と遊ばない?いいじゃん、せっかくこうして会えたのも運命だと思うんだよね」  沙月が言い返さないのを良いことに、一人勝手にまくし立て、手まで握っている。  さすがに良くないだろうと思い、昂輝は身をねじ込ませるようにして、二人の間に割って入った。 「おい、太一。今どきナンパは流行らないぞ」  そう鋭く告げれば、彼は驚いたように押し黙り、それから額をぴしゃりとうって心底おかしそうに笑った。 「あははは。面白いなお前。まあ確かに、今のは口説きとしちゃずいぶん雑だったけどさ」  太一は椅子に置いた荷物をとると、二人に背を向け、立ち去っていった。 「おふたりとも、お幸せに!」  振り向きざま、そんな言葉を残しながら。 「やめてくれよ、大声で・・・・・・恥ずかしい」  再び顔に手を埋め、昂輝は呟いた。  付き合い始めて、はや数年。しかし、実質一ヶ月。こちとら、未だに慣れていないというのに。 「いいじゃない。応援してくれたし、いい人なんじゃない?」 「そうでしょうか」  うつむきながら、昂輝はため息をつく。  店員を呼ぶ沙月の声をぼんやりと聞きながら、昂輝は一ヶ月前、彼女との出会いを思い出していた。   
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加