三年越しの呪い

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☆  蘇奈一弘の職場に、意外な人物が訪ねてきた。 「陣内⁉︎ お前学校どうしたよ!」  腐れ縁の友人・陣内勉。高校の国語教師だ。  三月に入ったとはいえ、春休みでも休日でもない。ズボラだが、軽率に仕事をサボって一弘が働くカメラ屋に来るような人間でもない。その上、コートもズボンも雪解け水で泥だらけだ。何があった? 「休んだ。それが…わっ!」  長身痩躯の中年は、子供みたいにコケた。 「本当にどうした⁉︎」 「…すまん」 「いいって。それに、下手に店内で転んだらエライことになるだろ」 「……すまん」  陣内はコートを脱ぎ、従業員控室でココアを受け取った。一弘は向かいに座る。 「で? どうしたよ」 「それが……昨日の授業中、平家物語のつもりで源氏物語って言ってて」 「お前が?」  陣内は、記憶力がやたらいい。昔から教科書一読全暗記とか毎年していた。そんな彼の言い間違いは珍しい。しかも専門ジャンルで。 「試しに暗唱したら方丈記と奥の細道が混ざってるって生徒から指摘されて」 「お前が?」 「授業終わっても、職員室への道間違えて」 「お前が⁈」 「道中やたら転んだりして」  楽天家の一弘も、さすがに心配になった。大体、いつもなら自分の方が何かしでかして、陣内に助けてもらうのが普通なのだ。中2の時に知り合ってから、ずっとそうだった。 「お前、病院には」 「いま脳外科行ってきた。昔の事故の後遺症だかもなくて元気な脳だってさ。メンタルは一ヶ月後って言われた。一応内科にも行って血取られたりした。検査結果待ち」 「…そっか」 「ラクトは昨日もいつも通りだったって言うんだが、もしかしたらラクトを引き取る前から変だったのかもな……お前、最近なんか気づいた事ないか?」 「いや、俺もさっきまで変に思ったことない」 「そうか……」  と、陣内がココアを倒しかけて慌て、椅子からすべり落ちそうになる。 「いっ…すまん、うわ」 「気にすんな慌てんな落ち着け!」  座り直そうとしてテーブルを倒しかけた陣内を止めながら、一弘の脳裏に何かが引っかかった。 『前にも俺コイツに同じこと言ったな……?』  記憶をたぐりながら聞く。 「お前……ここに来れたんだから俺のことは覚えてるんだな、他のことは覚えてっか?」 「ああ…いや、忘れてたら思い出せないよな、どうかな。陣内勉、誕生日は…」  控室に誰もいないとはいえ、個人情報を次々公開していく陣内に、一弘の顔がほころぶ。 「そういうことか。ビックリさせやがって」 「え」 「わかった。つか思い出したわ」 「え?」 「お前の!」  一弘は、人差し指をビシッと、親友に向けた。 「正体は、ドジっ子だ‼︎」
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