1月

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1月

◆ 「……自転車、」 誰が乗るんだ、松原さんが乗るのか? いやいやあるわけないだろ。 あったとしたら電動自転車にするべきだ。 という言葉すら、歩くことを楽しみにしている爺さんに対して失礼だ。 「誰のだ…?」 砂利道の手前、屋根付き駐車場の端にポツンと置かれたシンプルなカゴ付き自転車。 見る限りキズのひとつも付いていなく、まだ新しいようだった。 そんな見慣れない変化を実際に前にすると、今までのように進むことを躊躇ってしまう。 年が明けて、山々は雪景色。 餅を喉に詰まらせていないかという心配と、新年の挨拶を込めてお世話になっている爺さんの家へ向かった今日だった。 「雪、かぶっちゃってるし」 さっ、さっ。 空いていた右手で軽くサドルに積もっていた雪を払った。 こんなことをしてもパラパラと今も降っている雪が数分後には元どおりにしてくれるだろうと思いつつも、気休め程度に。 「お、土岐さんが来たな」 出窓のなか、松原さんの声が聞こえた。 独り言のようにも思えたが、いつもより機嫌が良さそう。 それまでずっと誰かと話していたんじゃないかと、勘が働く。 ─────ピーンポーン。
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