11月

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11月

◆ 「松原(まつばら)さーん、いるーー?ちょっとガソリン切れちゃってさ。遅くなって悪いねーー」 テレビはまだ今の時代では必需品だと思う。 世はスマートフォンだインターネットだと言うが、80を過ぎた老人が使いこなせるわけがない。 平日の正午を回ると、早くて刑事ドラマが放送される。 だとしても頑固者である松原さんは15時から放送される相撲しか見ないだろうと思いながら、出窓へと声をかけた。 「みかん食うか?さっき買い物に行ってきたんだ」 「タクシー使った?」 「行きは歩きよ。帰りは使わにゃ、しゃあないからな」 「いや行きもタクシーのほうが安全だよ松原さん。そろそろ寒くなってきたし」 「馬鹿言え。俺は毎朝歩いてるんだ、足腰は強いから平気さ」 年寄り扱いするなと言われた気持ちになった。 確かに松原さんは周りの80代に比べると元気で、頭も働く。 痴呆や認知症が入っているわけでもなさそうだし、まだ大丈夫だろうと安心もあるが、それでも年齢は(あざむ)けないものだ。 兄弟たちは妹以外亡くなったと聞いているし、元気だと思っている人ほどいつどうなるか分からない。
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