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「ここはどこやろう。」
学校の、体育館のような場所だ。
とても静かだ。
きちんと並んだパイプ椅子が3列ほど並んでいる。
気がついたら、そのうちのひとつに座っていた。
「待っとるんや。」と思った。
何を待っているのかは分からないけれど、そう確信した。
見渡すと、他の椅子にも座っている人がたくさんいる。
見たところ、みんな年齢も性別も異なる。
みんな黙って下を向いて、私と同じく何かを待っている。
「なんで私らはこんな所で待っとるんやろう。」
ふと自分がなぜか高校の制服を着ていることに気がついた。
それと同時に、暑さを感じはじめた。
夏だからか。
突然、少し離れた、右前方にある重い扉がガラガラと大きな音を立てて開いた。
しんとしていた体育館によく響く。
すると、そこから、たくさんの人がゾロゾロと体育館に入ってくる。
「死んだ人や。」と思った。
どうしてか、そうわかった。
私と同じくパイプ椅子に座っていた人達の何人かが、ガタガタと音をたてて立ち上がり、扉から出てきた人々のうち、目当ての人の所へ向かっていく。
どうやら、彼らの亡くしてしまった友人や家族など、親しい人々のようだ。
そう気づいて、ハッとした。
「じいじとばあばは、どこやろう。」と。
なぜか、2人が会いに来てくれていると思った。
私は、「じいじとばあばに会いに来たんや。」と確信した。
立ち上がる。
背伸びして見渡す。
再会に喜びあう人、私のように目当ての人を探す人。固く握手を交わす人。しゃがみこんで互いに泣き叫ぶ人。
そのうち、あるグレーが目についた。
そのスーツを知っている気がした。
夢中で駆け寄っていく。
「あのっ!」
叫んだ。
ゆっくりと、その人がこちらを向く。
そばには、パーマをかけた女性が立っている。
涙が溢れてきた。
「あ、あの、あの、…初めまして、あの、分かりますか…?あの、孫です…。」
じいじや。じいじとばあばや。
2人は、じっと私を見つめている。
私のじいじとばあば。
私のお母さんの、お母さんとお父さん。
父方の祖父母は、''おじいちゃん、おばあちゃん''と呼ぶが、母方の2人は、''じいじ、ばあば''だった。
私が生まれる前に死んでしまったじいじ。
母は、「あんたに会いたかったろうねぇ。」と墓参りの度に言う。
私が生まれた時も生きていてくれたけれど、私は全く覚えていないばあば。
ばあばが、私の様子を尋ねる留守電が残った古い携帯電話を、母は大事に取ってあって聞かせてくれた。
他には、写真の中の2人しか知らない。
「なんでやろう。」
母から話に聞いているより、背が低い。
私よりも背が低い。
どうしてだろうか。でもこの人達は、私のじいじとばあばなんだ。
それは、絶対に、本当だ。
涙が止まらない。
「……ひなよ。…孫のひなっ…やよ。」
言った。
どうにか泣きやもうとするが、堪えきれない。顔をあげられない。言いたいことがある。あるはずなんだ。
早く、はやく泣き止んで。顔をあげなきゃ。見つけた瞬間から泣き出してしまって、2人の顔をちゃんと見ていない。
それは嫌だ。
ちゃんと、ちゃんと見なきゃ。
早く、はやく、泣きやまなきゃ。
笑ってあげたいんだ。
ポンっと頭におじいちゃんの手が乗った。
ポツリと、言う。
「……元気で。」
涙が止まらない。
何か伝えたいと思うけれど、涙が邪魔をする。
何度もしゃくり上げる。
顔をあげられない。
言葉を紡げない。
ただ、ひたすら頷くことしかできなかった。
その時、出てきた人達がゆっくりと、彼らが入ってきた扉に戻って行きはじめたのがわかった。
じいじとばあばも、戻らなければならない。
ゆっくりと、私の前から離れていく。
最後に、どうしても顔を見たくて、言うことを聞かない体をむりやり動かし、ぐっと顔を上げた。
ちらっと見えた、じいじとばあばの横顔は、微笑んでいる気がした。
2人が、扉へ歩いていく。
他の、死んでしまった人達も扉へ続々と帰っていった。
生きている私達は、その後ろ姿を見送っている。
私は、人の波に埋もれて、少ししか見えない2人の後ろ姿を見つめていた。
重い扉が、ガシャン…と音を立てて閉じた。
体育館には、泣き声が響いている。
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