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真仁はおそらく、直接的な裏切りは何もしていない。始まってもいないから、終わることもない曖昧なものを宿しているに過ぎない。
そもそも口数が少ない彼が、その件を切り出すとも思えない。私は知らぬふりで、気づいてもいないふりでいれば済む。
だけど、いつまで待っても「好き」をくれない彼に対して、小さな疑心がプラスされたら、もう罅割が入ったようなもの。埋めていくには「好き」の言葉しかないのに、二人の頭を押さえつける不可解な魔物がそれを言わせない。
もしも本当に戻る恋ならば、改めて出会い、大切な言葉を告おう。
願った通りに運命の人ならば、偶然は必然となり、想いを告えるはずだから。
この部屋に来て五年、私の持ち物は増え過ぎた。不要と思われるものにも、真仁との記憶がこびりついている。すべて実家に連れていくわけにはいかず、断腸の思いで半分以上をごみ袋に詰めた。
静かな中に、ごみ袋のガサガサする音が響く。
涙は堪えた。
二人が過ごした部屋に、私の泣き声を置いていきたくないから。
そこで、ローテーブルの上に置いてある柴犬のぬいぐるみと目が合った。この子は真仁が初めてくれたプレゼントだ。実家に連れ帰ることも、ましてや捨てることもできない大切なものだ。
私はさも『あなたが壊した恋だよ』と言うような口調で、
「この子はここに置いていく。いつか、取りに来るから預かっといて」
未練を残すように、期待を含ませるように言った。
すると真仁は、私の前を横切ってそのぬいぐるみを手に取り、
「一年間だけ、預かっとく」
そっと、台所へ行き、ガラス棚の一番高いところにその子を仕舞った。
しばらくして、あらかた荷物をまとめた私は、別れの決意と再会の予感を織り交ぜながら言った。
「じゃあ、元気で。また会えたらいいね」
真仁はやはり心細そうに微笑む。
「麻琴と出会えて幸せだった。おまえのこと……、いや、何でもない。ごめん」
何なんだろうなあ、二人を壊そうとしていた魔物の正体は。
一度も聞けなかった言葉を最後ぐらい聞かせてくれたっていいのに。
この運命は覆して乗り越えてやらなきゃ気が済まない。
そう思いながら、部屋を出た。
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