《麻琴の朝》

1/1
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

《麻琴の朝》

 サァッとカーテンを開き、射してきた陽に目を細める。  近くで聞こえるスズメたちの(さえず)りと、遠くに聞こえる朝特有の音の響き。  それ以外に何もない、静かを(まと)う冬の朝は、心まで洗われたように清々しい。  ふと、私を呼ぶ声がした。振り向くとそこには(しん)()が立っていた。昨夜(ゆうべ)の名残りを引きながら、心細そうに話しかけてくる。 「朝食、いつものでいいか。ハムエッグとスクランブルエッグはお好みで選んでくれ。先に味噌汁作ってる。どちらか決まったら一声かけてくれ」  そう言って部屋を出ようとした彼を、軽く引きとめた。 「お味噌汁じゃなくて、お吸い物にしてほしい。真仁のお吸い物、おいしいから」  すると彼は、口角を上げる程度に微笑んで、「分かった」と頷いた。  私たちは、このようなやりとりを五年間積み重ねてきた。料理が苦手な私は、真仁がいなかったらジャンクフードばかりの生活だっただろう。今の体型を維持できているのも、大きく体調を崩さないのも、彼が料理の面でサポートしてくれているからだ。結婚はしていないけれど、五年も同棲すると境界が分からなくなる。ただ戸籍が別なだけ。ただ苗字が同じでないだけ。二人が二人として暮らしていく上で不便なことは、結婚したからと言って解消されるものではない。むしろ結婚すれば、今の暮らしづらい世の中の厳しい枠組みに入れ込まれてしまう。確かに、将来設計よりも大事なものはある。でも、たとえばそこに得体の知れないものがいたとしたら、核たる想いが意外な方向から砕かれてしまう危険性は拭えない。  だから私は、記憶や経験を互いに積み重ねながら、どちらかが唄えばどちらかがハモる、そんな二人であり続けたいと思ってきた。私は真仁が好き。彼を守りたいと心から願い、心を捧げ、今がある。基本的に会話が少ない私たちだけど、理解が足りないわけじゃない。ちょっとした目線の動きや、ちょっとした仕草一つで相手の望むことが分かる。キスするタイミングも、身体を満たし合うタイミングも、これほど的確に把握できる相手はいないだろう。まるで「おい」と言えば「はい」とお茶を出す熟練夫婦のように、私たちは二人だからこそ、静寂の中にでも互いの心や言葉を感じていられるのだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!