2.壁に蔦這う洋館で

1/1
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

2.壁に蔦這う洋館で

 それから半年程過ぎたある日、磯田が学校を休んだ。席替えで隣の席になっていた僕はあんなやつでも風邪とか引くんだ、と妙な感心の仕方をしながら誰もいない席を眺めていた。その日の終わり、先生が「はい、先生からお願いがあります」と言いパンパンと手を叩く。 「誰か、お休みした磯田さんにプリントを持っていってあげてください」  先生の言葉にクラスがざわめく。誰も彼女と関わりになどなりたくないのだ。先生は小さくため息をつきながら視線をこちらに向けた。え、ひょっとして……。 「川島君、悪いけど渡してきてくれる?」 「ど、どうして僕?」  思わず口ごもる僕に先生は被せるようにして「あなたが一番家が近いのよ。じゃあよろしくね」と言い、プリントと磯田の住所を書いたメモを押し付けさっさと教室から出て行ってしまった。クラスの連中も僕と目を合わせないようにしてそそくさと帰っていく。貧乏くじを引かされた僕は仕方なく磯田の家へと向かった。方向が同じとはいえ彼女の家は学区の外れで少し距離がある。見慣れない景色の中、しばらく歩くと彼女の家と(おぼ)しき建物が見えてきた。 (え、あの家? マジか)  メモに書かれた住所にあったのはとても立派な洋館だった。築年数はかなり経っているようで壁一面を(つた)が覆っている。まるで洋画のホラー映画に出てきそうな家で薄気味悪い。家の周りは錆びついた鉄製の柵で囲まれており門にはインターホンがついていた。背伸びして押してみる。 ――ドナタサマデスカ。  くぐもった女の声が答えた。 「あ、あの、クラスメイトの川島です。プリントもってきました」  しばしの沈黙。 ――ドウゾ。  門は開いてるから入ってきてと言われ押してみると確かにあっけなく開いた。色褪せたレンガ敷の道を歩き屋敷に向かう。ドアをノックしようかと思った瞬間、重そうな木製の扉がギィと音を立て外側に少し開いた。中は真っ暗で何も見えない。 「ひっ!」  思わず悲鳴をあげて飛び退いた。ドアの隙間から何か白いものが飛び出してきたのだ。よく見るとそれはきゃしゃな女性の腕だった。入って来なさいとばかりに手招きしている。 「あ、あの、プリントを」  さっさとこの場を立ち去りたくてそう言うと腕の持ち主がぬうっと顔を出した。今度は悲鳴を上げることすらできない。人間、あまりに強い恐怖を感じると動くことも声を出すこともできないんだと僕はこの時初めて知った。 「イラッシャイ」  屋敷から顔を出しているのは磯田そっくりの女性。磯田の母親だろう。彼女は首を曲げドアに対して90度の角度で頭を突き出している。明らかに普通じゃない。どうやったらこんな角度で頭を曲げられるのだろう。もしかしたら首から下には何もなくて……そんな想像をしてしまいぶるりと身を震わせる。 「ドウゾ」  そう言って彼女は頭を引っ込めた。どうぞと言われてもこんな不気味な家に入る気はしない。 「いえ、プリントを渡しに来ただけなので。あの、これ」  僕は手に持っていたプリントをドアの隙間に突っ込んだ。だが次の瞬間、思いがけなく強い力が僕の腕をぎゅっと掴む。 「オイデ」  引きずり込まれそうになった僕はプリントを撒き散らしながら目一杯の力で手を振りほどき猛ダッシュで逃げた。帰宅して掴まれた腕を見ると真っ赤になっている。あの細い腕にこんな力があるなんて。しばらくの間ドクドクと心臓が激しく脈打っていた。あれは……普通じゃない。絶対に。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!