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3.ひとでなし
翌朝、登校してきた磯田が僕を見てニタリと嗤う。
「プリント、ありがと」
「ああ、別に」
磯田は何か言いたそうにしていたが教室に先生が入ってきたので話はそこで終わった。一時限目は国語の授業。昨日の出来事があまりに衝撃的で僕はぼんやりと先生の言葉を聞いていた。
「この主人公の父親はろくでもない男で……」
国語の先生はおじいちゃんで滅多なことでは怒らない。それをいいことにクラスの連中は私語をしたり机に突っ伏して眠っていたりとやりたい放題だ。
「まぁ、あれですな。ひとでなしってやつで」
と、その時磯田が突然こちらを見て話しかけてきた。
「ねぇ」
「あぁ?」
正直言ってあまり話したくなかったが仕方なく顔を向ける。
「昨日、うちの母さんに会ったでしょ?」
一番思い出したくないことを尋ねられ僕は仏頂面で頷いた。
「びっくりした?」
ドキリと心臓が跳ねる。
「別に」
そう言ってそっぽを向く僕に磯田はとても小さな声でこう言った。
――私と母さん、人間じゃないの。
いつもと違う真剣な口調。思わず磯田を見ると今まで見たことのない真面目な顔をしている。
(人間じゃ、ない)
確かに昨日見た磯田の母親は尋常じゃなかった。まさか本当に。
「どういうことだよ」
何だか心臓がバクバクする。磯田はしばらく無表情に僕を見ていたがやがて真っ赤な舌をペロリと出した。
「これがホントのひとでなし、ってね」
ニタニタ嗤う磯田を見てようやく僕は一杯食わされたのだと気付く。彼女の冗談にまんまと騙されたのだ。
「ちぇっ、つまんね」
僕の言葉は授業の終わりを告げるチャイムにかき消された。
それから数日後、突然磯田は学校に来なくなった。
「磯田さんは転校することになりました」
先生はそう言って何事もなかったかのように授業を開始する。周りの生徒たちも不自然なぐらい無反応だった。
数日後、たまたま磯田の住んでいた辺りを通りかかった。角を曲がると洋館が見えるはず、そう思い首を伸ばして覗いてみる。だが僕の目の前にはあり得ない光景が広がっていた。
「え、団地?」
そこにあったのは古い団地。どういうことなのだろう。あの日確かに僕は見た。壁に蔦這う洋館を。そこに住む奇妙な女を。何だか狐につままれたような気分で僕は団地を後にした。
その後、僕は街を離れ県外の大学に進学しそこで就職した。一度同窓会で磯田の話をしてみたが、誰一人として彼女の事を覚えているヤツはいなかった。嘘ばっかりついてたウソダさん。彼女は一体何だったのだろう。
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