第2話 主役はかくあるべき

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第2話 主役はかくあるべき

 次の日。俺は怜司に誘われて一緒に食事をした後、何故だか掃除の仕事まで付き合うはめになった。  モップをかけながら、通路を端から端へと往復運動をする。一時間しかやっていないのに、すでに腕が痛かった。怜司は俺と同じぐらい細身にも関わらず、慣れているせいか平気そうだ。  足元に感触。視線を落とすと、俺の足に小人がぶつかってきていた。尻餅をついていたが、起き上がると手に持った極小のモップで掃除を再開。  ファンタジーな世界らしく、この世界にはこういった小人がいる。造形はほぼ人間だが二頭身になっていて背丈は5センチ程度。なんだかよくわからない鳴き声をするが、こっちの言葉は分かるらしい。俺たちが掃除している周囲に数十匹ぐらいいて、一部を除いて掃除っぽいことをしている。  怜司のやつは彼らに指示が出せるらしい。どうやって意思の疎通をしているかしらないが、小人たちは怜司に従っていた。彼らはいつの間にかこの施設に住み着いていたらしいが、彼らが従うのは怜司だけのようだ。  自分で言っていてなにがなんだか分からない。だが、とにかくそういうことで、怜司は小人を使役して掃除をさせていた。本当に役に立ってるかは大いに疑問だが。  疲労の溜まってきた腰を逆方向に折りながら、俺は怜司を見た。単調な作業を、嫌な顔ひとつせずに続けている。  よく働くものだ、と客観的には思う。完全な雑用で、やっている内容といえば元の世界でさえやれてしまう程度のことだ。元いた世界で掃除係を任命されれば誰だって嫌がるだろう。それをこいつは楽しそうに行っていた。働き者の良い奴なんだろう。  俺にだってそのことは理解できる。だが俺はこの男が好きではなかった。 「怜司殿に悠司殿。掃除でござるか」  唐突に、真上から声。続けて、俺たちの前に影が降り立つ。  現れたのは小柄な少女だった。140から150センチの間ぐらいの小さな背丈に黒装束。黒い頭巾の隙間から白い髪が覗いている。口元も黒い布地で覆っていて、目元だけが表へと出ていた。俺たちの世界でいうところの、忍者そっくりの格好だった。  この子は十兵衛という。なんでもこちらの世界に来た直後の怜司と出会い、それ以来付き従っているらしい。名前が男っぽいのはこう見えてなにかの師範代だったか党首だったかで、引き継いだものだと以前言っていた。  年齢は十代前半と言っていたような気がする。異世界人であるために、見た目から年齢が推測しづらい。 「あぁ、俺が誘ったんだよ。たまにはどうだ、って」  俺が口を開こうとしたとき、怜司が先に答えた。 「ふむ。たまには拙者も手伝うでござる」  そう言った十兵衛の足元から煙が吹き出し、晴れたときには箒を持っていた。ますます忍者っぽい。  2人から3人に増えて掃除を続けていると、そこにまた別の少女がやってきた。  十兵衛より少しは伸びた背に、袴姿と草履。群青色の髪を左右で房にしていて、毛先が胸近くまできている。  こっちの子は紅葉(もみじ)くれはという。まだ14、5の少女だがここのギルド員だそうだ。戦場では長槍をぶん回しているらしいが、とても想像がつかない。この子はこの子で、怜司に何故だか懐いている。 「わたしも、手伝う」  ゆっくりと、しかしはっきりとした声でくれははそう言って、箒を手に持った。 「お、ありがとう。じゃあくれははあっちのほうを掃いてくれるか?」  怜司が指差した方向を見ると、彼女は「わかった」と言って小さく頷いた。  そしてなにを思ったのか、床に箒の先端を押し付けると身を軽く屈め、爆走! 埃の軌跡を残しながら、瞬く間にくれはの背中が数十メートル先に到達する。そこからさらに加速。あまりの速さに道中にいた小人たちが、突風に煽られたかのように吹き飛ばされていく。ついでに埃も吹き飛んでいる。これでは掃除の意味がない。  呆然としている俺たちの脇を、別の風が走り抜けていく。十兵衛が箒を持ったまま疾走していた。くれは以上の加速を見せて、一秒も経たないうちに彼女に並んでいた。 「くれは殿。それでは掃除にならんでござる。もっとゆっくり丁寧にしなくては」 「……そうなの?」  十兵衛の言葉を聞いてくれはが急停止。草履で通路が擦られ、車でいうところのブレーキ痕ができあがっていた。十兵衛は減速せずに跳躍。壁から天井に跳ね上がり、さらに逆さになって天井を蹴り反転。見事な三点飛びで、くれはの隣に着地した。  二人が駆け抜けた周辺にはぶっ倒れた小人たちが散乱。まるで戦場のようだったが、俺たちがいるのはただの通路で、やりたいのは敵の一掃ではなく汚れの一掃だ。 「……人間びっくりショーだったな」 「……ああ」  怜司と俺は開いた口がなかなか塞がらなかった。怜司は驚愕を通り越して呆れ顔になっていたが、俺もきっと同じような顔をしているのだろう。こいつと同じというのが腹立たしいが、こればかりは仕方ない。 §§§§  結局、俺たちの数十分は完全に無駄となった。それどころか作業員である小人たちがダウンしたために、むしろマイナスとなった。  仲間たちの怒りを晴らすべく、小人たちが抗議の声を怜司に向かってあげている。いや、別に小人たちは死んだわけじゃなかったのだが。 「まったく。十兵衛もくれはも加減ってものを知らないからなぁ」 「む、何ゆえ拙者まで」  呆れて溜息をつく怜司に十兵衛が心外だという声をあげる。 「おまえまで爆走するから被害が広がったんだろうが。二人ともちょっとは反省しろ」  腰に手をあてながら二人を叱る怜司だったが、十兵衛はくれはのせいだと言わんばかりに彼女のほうを向いているし、くれはは気に入らないのかそっぽを向いている。あまり効果はなさそうだ。  そのことに怜司も気がついたのか二度目の溜息。 「けどまぁ、手伝ってくれようとしたことは感謝するよ。ありがとな、十兵衛、くれは」  そう言って怜司は二人の頭に手を乗せると、優しく撫ではじめた。  十兵衛は目元しか見えないせいでよく分からないが、満足げに見える。くれはは少し顔を赤らめているような気がするが……。  ──そう、俺はこいつの、こういうところも嫌いだった。年下の少女に対しては当然だろう、と思われるかもしれないが、しかしこういった部分からどうにもいけ好かない雰囲気が漂ってくる。  もちろん、これが主な理由ではない。もっと別の、決定的な要因があった。 「なんだか騒がしいけど、なにしてんの?」  騒ぎを聞きつけて今度は蒼麻がやってきた。 「お、いいところに来たな。掃除をしてたんだけど、人手が足りないんだ。おまえもやっていけ」 「えー、めんどくさーい」  そう言いながらも蒼麻は掃除道具を受け取るとせっせと動き始めた。くれはと十兵衛もそれに倣って、今度は慎重に箒で掃き掃除を行う。  めんどくさがっていたわりには、蒼麻の手際は良い。風呂掃除が主な仕事だから、慣れているのだろう。くれはと十兵衛も身体能力が高いおかげか、動きが良かった。  そうなってくると一番役立たないのは俺になるわけだが、まぁそれはいい。どうせいつものことだ。  手を止めて少し休んでいると、黒髪の女がやってきた。無意識に、俺の視線が彼女へと引き寄せられる。
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