1人が本棚に入れています
本棚に追加
ミトンと私
🧤 🧣 🧤 🧣 🧤 🧣 🧤
時は数週間前…。
寒い中、仕事帰り、疲労感でフラフラしながら通勤路の商店街を歩いていた。
いつも空き店舗になっていた場所で手芸(手編)の作品展をしていた。何か妙に気になって気が付いたらドアを開けていた。
『いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ。』
店番の女性(首から掛かっているネームプレートに〈宇々流〉)が声を掛けてきた。
「ありがとうございます。」
と言いながら、気持ちは作品にいっていた。
作品を一つ一つ見ていく。セーター、マフラー、レッグウォーマー、グローブ、ミトン…あっ。
えんじ色のミトンから目が離せなくなってそのミトンの前で立ち止まった。
『あなたはそのミトンに気に入られてしまったんですね。』
と、宇々流さんが嬉しそうな表情で声を掛けてきた。
「気に入られてしまった…?気に入ったと違って?」
顔だけ宇々流さんの方に向けて聞いた。宇々流さんは頷きながら、
『はい。あなたは気に入られたんですヨ。不思議なことにここにある作品は、人を選ぶんです。』
ニッコリ笑いながら、私に不思議なことを伝えた。
「そんなアホな…。」
自分でも分かるくらいマヌケな顔でぼそっと呟く。
『信じられないのはよく分かります。作品に気に入られた方は、最初皆さんそう仰られます。』
宇々流さんは、頷きながらえんじ色のミトンを手に取りながら私に言った。
『どうぞ!騙されたと思ってお使い下さい。きっとあなたにステキなことが…このミトンがステキなことをもたらしてくれますヨ!さぁ、両手を差し出して下さい!』
と言われて、言われるがままその動作をすると、手に持っていたミトンを握らされた。
「えっ?」
『使って下さいネ。』
「えっ?あれっ?え~っ?あ、あのお代は…?」
顔を横に振りながら宇々流さんは言った。
『ミトンがあなたを気に入ったんです。選んだんです。だから、勿論お代はいりませんヨ。』
「あ、ありがとうございます…。」
『大事にしてやって下さいネ。』
「は、はい。大事に使います。」
『では、ドアまでお見送りしますネ。』
「は、はい…。」
私、宇々流さんの順で出口へ向かう。
店先に着くと、宇々流さんが後ろからドアを開けて私へ『さぁ、どうぞ。』と言って、店から出るように促す。促された私は、そのまま店の外へ出て2~3歩み出し、振り返る。宇々流さんがニッコリ笑い、お辞儀をする。
『お越し頂き、ありがとうございました。お気を付けてお帰り下さいネ…。』
私もお辞儀をして宇々流さんに伝える。
「騙されたと思って、大事に使います!ありがとうございました。」
そして、ミトンを両手にはめて手を振る。
『大事にしてやって下さいネ。ミトン、ちゃんと大事に使ってるか見とんで~!』
宇々流さんはダジャレを言って大きく手を振って店内に戻っていった。そんな風にダジャレを言う人には見えなかったからちょっと笑ってしまった。
翌日、仕事が終わって、通勤路の商店街を歩いてると、昨日ふらっと寄った手芸(手編)の作品展をしていた空き店舗の前を通ると元の空き店舗に戻っていた。昨日あったことは夢だったのか?と思うくらい何の跡形もなかった。でもはめているミトンを見れば夢ではないことが分かる。
このミトン、不思議なくらい自分の手に合って馴染んで、とても暖かい。むっちゃ気に入ってしまって、昨日言われるがまま受け取って本当に良かったと思う。
あの日の翌日から外に出る時は必ずミトンを身に付けた。ないと困るくらい重宝して今シーズンの立派な相棒となっていた。
宇々流さんが言っていたーーこのミトンがステキなことをもたらしてくれますヨーーこの会話を私はすっかり忘れていた。
🧤 🧣 🧤 🧣 🧤 🧣 🧤
最初のコメントを投稿しよう!