ただ、君を想う

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不意に、背後で空気が揺れる気配を感じた。 思わず、閉じた目を開く。 なぜだろう。 目を開けたまま振り向くことができない。 ピン、と糸が張り詰めたような緊張感を覚える。 自分のまばたきの音すら聞こえそうなほどの静寂。 座っているソファの後ろにあるのはシングルサイズのベッドだけだ。 さっき、そこには人が居ないことは確認したはずなのに。 静寂とは裏腹に、私の頭の中はうるさく騒ぎ立てていた。 背後の気配が徐々に強まっているように感じる。 (どうしよう、なんで振り向けないの?) 霊感もないのに、もしかして金縛り? 金縛りってどうやったら解けるんだっけ? 前にテレビで見た気がするのに…などと思案してると、頭の中に懐かしい声が響いた。 『美也』 優しい、とても優しい声。 いつも私を勇気づけ、励まし、助けてくれた声。 時には叱咤し、私の成長を願ってくれた声。 聞き間違えるはずがない。 (…お母さん?) 母は先月交通事故に遭い、突然この世を去った。 世間一般で言う普通より、私たち親子はとても仲が良かった。一緒に買い物や旅行は数えきれないほど行った。 信頼できる親であり、いつでも私の一番の味方であり、親友でもあった母の死は、私を悲しみの淵に追いやった。病院で対面した母は、事故の衝撃で頭や腕、色々なところに怪我をしていた。 いつも元気で、綺麗にしていた母とはかけ離れた姿を見ても、全く現実味が無かった。 もう会えない、もう話せない。 そう思うと、後から後から涙溢れて、心が立ち上がることができなかった。 葬儀や家の片付けなどを父や親戚と済ませ、仕事に復帰した後も、心の一部はうずくまったままで、ふと母を思い出しては苦しくなった。 もっと親孝行しておけばよかったなんて、遅すぎる後悔をしては落ち込んだ。 まだまだ元気でそばに居てくれると勝手に信じていたのだ。 私の頭に響いたのは、その母の声だった。
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