ただ、君を想う

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『美也、お母さんだよ。  急に居なくなっちゃってごめんねぇ。  びっくりしたよね。』 母は生前と変わらず、穏やかな語り口で、 久しぶりに母の声を聞いた私の目からは自然と涙こぼれた。 『お母さんね、  どうしても美也に伝えておきたくて、  ここに来たのよ。  ほら、急過ぎてお別れもできなかったから。』 (これは、夢?現実?) あんなに会いたかった母。 振り向いて、母の顔を確認したいが、やはり身体は固まったまま、動くことができない。 『お母さん、美也が産まれた時のこと、  すごく覚えてるのよ。  お腹の中にいた赤ちゃんが外に出てきて、  お母さんの腕の中にいるって思ったら、  すごく不思議な感覚だった。  産まれてきた後も、まだまだ母親の自覚や  覚悟なんてちゃんと無くて…  この小さな生命を育てられるのかと思うと  不安の方が大きかった。  でも、お父さんと一緒に試行錯誤しながら  子育てに向き合って、美也が成長するたびに、  私たちも親として成長できたと思ってる。  美也に母親にしてもらえたんだなって。』 (お母さん、そんなこと思ってたんだ…  私もね、お母さんが私の母親で  ほんとにほんとに良かったなって思ってる。  感謝の気持ちしかないよ。) この私の気持ちは母に届いているのだろうか。 私は振り向くことも、声を発することもできない状態が続いていた。 母の声が再び響く。 『美也、これからきっと、  大変なこと、辛いことたくさんあると思う。  そばにいてあげれないのは残念だけど、  お母さんは美也ならなんでも乗り越えられる  って信じてるよ。  どんな人生でもいい。  人に愛されて、楽しく、自由に生きてほしい。  美也が寿命を全うする時に、  色々あったけど、幸せな人生だったって  そう思える生き方になるように、  心から願ってる。  あなたが産まれてから、願うことは、  いつもいつも、たった一つだけ。  幸せに。  ありがとう。美也。』 私は背後の気配が遠ざかるのを感じた。   「お母さん!!!」 突然、身体の硬直が解け、 大声で母を呼びながら振り返る。 当たり前かもしれないけど、ベッドに母は居なかった。 「夢…?私、疲れすぎて、今寝てた?」 それにしてはリアルな体験だった。 私が母にもう一度会いたいと思っていたから、 都合の良い夢を見たのだろうか…。 うん、夢でもいい。 母が寂しがる私を心配して、会いにきてくれたと信じたい。 ふと、ベッドにもう一度目を向けると、布団の一部が丸く凹んでいる。 ちょうど、人が腰掛けたくらいのサイズで。 そっとその部分に手を当ててみると、まだ少し 暖かった。 視界がじわりと滲む。 だめだな、涙腺が緩くて。 よく考えたら、今日は母の四十九日。 父もまだ会社員で、私や祖父母もそれぞれ遠方に住んでいるので、初七日と合わせて法事は先に終えていた。 まさか、四十九日に私の家まで会いにきてくれるとは。 でも、登場の仕方がちょっと紛らわしいよ、と独りごちる。母のことを侵入者呼ばわりしていた自分を思い出し、ふっと笑みが溢れた。 母に会えない寂しさは、やっぱりなかなか消えはしないけど、母のおかげで、ようやく私の心は少し前を向けそうだ。
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