ドM次第。

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ドM次第。

「ちっくしょぉぉおおッ!! また落ちやがったぁぁあああ!!!」  それは、何の変哲もない平和なダルい水曜日、時計の針が夕方5時をさした瞬間に始まった。  自宅に遊びに来ていた友人の烏丸(からすま)良介(りょうすけ) が、スマホを握り締めたまま、柔らかいラグが敷かれた床を己の拳で叩き付け始めたのだ。 「…何だよいきなり。近所迷惑だろ。あと、俺の家の床が減るからやめろ」  良介の奇行は今に始まったことじゃないが、煩いもんは煩い。  『夕食まで厄介になろうとしてないで、さっさと帰れ』    との意思表示を籠めて手を振ると、床に蹲ったまま、良介は握り締めた自分のスマホを見せつけて来た。 「フッ……。来栖(くるす) (まなぶ)君。そんな他人事みたいな冷たいこと言っていいのかい? この件は、君の懐事情にも深く関係しているんだぜ」 「俺の、懐事情?」  良介の言わんとしていることが理解出来ずに頭を傾げていると、奴はしたり顔でスマホを目の前に突き付けて来た。例の老人が持つ印籠みたいに。  目を細め、画面に映る文字を読み上げてみる。 「んん…? えブリィ☆すたぁ妄想コンテスト……? これが何だってんだよ」  ニヤつく良介と、視線が合わさる。 「学もえブは知ってるよな。前に見てたもんな」 「うん、何度か覗いた事はあるけど…。誰でも気軽に投稿出来る、数ある小説投稿サイトの一つだろ? 何かイマイチぱっとしないと言うか、地味な三流サイトだけどさ」 「そそ。そのえブの目玉イベントとも言えるのが、この妄想コンテストなんだよ」  画面をスクロールする良介の指先を追い、瞬く。 「へえ。大賞に選ばれると、3万貰えるのか」    多いのか少ないのか、微妙なラインではあるが。 「そう。俺は今回の妄コンで大賞獲って、えブから貰った金でお前に金返そうと意気込んでたんだ。残念なことに、駄目だったけどな……」  燃え尽きたように寂しく笑う良介に、秒で突っ込んでいた。 「お前ッ…。漫画しか読んだことないアホのくせに、受賞出来るかどうかもわかんねぇ賞にかけてんじゃねぇよ! クソみてぇな夢見てないで、今すぐバイトして俺から借りた3万さっさと返せやボケェ! お前が金返してくれねぇと、俺も友達から借りた金返せねぇだろうが!」  一生のお願いだと手を合わせて二時間以上粘られ、つい、親戚から貰ったお年玉を良介に渡してしまったのだが…。 「ハァ? 何で俺がお前の為にバイトしなきゃならねぇんだよ。お前が先に働いて友達に金返せばいいだけだろ。もう高校生なんだからよ」  殴りたくなる位ムカつく顔で反論された。 「冗談じゃねぇ! 俺だって働きたくないわ! つうか、俺から借りた3万で一体何買ったんだよ、お前」  よくぞ訊いてくれましたとばかりに、全然カッコよくないのにカッコつけてみせる。クッソムカつく顔で。 「ふふふ、聞いて驚くなよ? 月々2,980円×10か月でマスター出来る、手品講座に使ったんだよ。マジックが得意だと、女の子にモテるんじゃねーかと思ってさ」 「手品講座たっか! 俺が貸した3万ほぼ使い切ってんじゃん。そんなくだらねーもんに人の金使いやがって…!」  ブチ切れる俺を前にしても、良介は余裕の表情で立てた人差し指を左右に振った。  迷わずぶっ殺してぇ…。 「まぁそうカリカリすんなって。本当にくだらねーかどうかは、コレを見てから決めてみても、いいんじゃないか?」    良介は勿体ぶった仕草で右手を広げると、その上にふぁさっと安っぽい化繊の紅い布地を被せた。  多分、俺の金で申し込んだ手品講座についてくる小道具の一つなんだろう。 「学、よぉ~く見とけよ? 今から3秒後に、お前の望むモノが目の前に現れるからな。……3,……2,……1, それ!!」  安っぽい布地を摘んで何度か上下させた後に、オーバーアクション気味に背後に投げ捨てる。  化繊の安っぽい布が取り去られた瞬間、目の前に現れたモノに、俺は思わず目を見張っていた。 「あっ!? これ……前に俺が欲しいって言ってたBlu-rayじゃないか!」  『 筋肉は、人間が抱える全ての苦悩を断ち切る 』  をモットーに、モヤシの主人公がマッスルを少しずつ鍛え上げながら大きく成長し、地球中で起きている紛争・戦争・自然災害・度重なるネット炎上をマッスル・パワーだけで捻じ伏せていくという熱いヒューマン・ドラマなのだが、たまたまポロリした独り言を良介が覚えているとは思わなかった。 「誕生日おめでとう、学。これからもよろしくな!」 「良介……。誕生日プレゼント、ありがと」  目の前で披露された思わぬサプライズに、胸が熱くなる。  良介と一緒にいるとほぼ毎回イライラしてしまうが、数多くいる友人たちの中では一番付き合いが長く、一番気楽に付き合える、本当の親友だと思っている。  人の金でマジック・マスターになってんじゃねぇよ。と、親友をぶん殴ろうとした自分が情けなく感じた。 「あ、そうだ。学にちょっと、お願いがあるんだけどさ」  良介は殴りたくなる位眩しい笑顔で、ずいっと右手を差し出した。 「お前の誕生日プレゼント買うのに他の友達から金借りちゃったからさ、一万円貸してくれよ」 「ちっくしょぉぉおおッ騙されたぁぁあああ!! 地獄に落ちやがれクソ野郎!!」   おわり
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