森民マダム

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 嘉代子の申し出を聞き、新城はすぐに「わかりました」と了承した。 「それではさっそく見にいきましょう」  新城が立ち上がるのは速かった。やっとこのいまいましい空間から脱出できる、とばかりにさかさかと玄関に続くドアへと向かった。嘉代子の親指の血はもう止まっていた。嘉代子は再びポケットの中で山刀に触れ、新城の背中を追った。  家の外に出ると春の香りがした。ゆれる木漏れ日が湿った土をあたためている匂いだ。 「こちらです」  嘉代子は目的地に向かって足を踏み出した。 「はい」  新城は今にも舌打ちをしそうな顔でうなずき、嘉代子についてきた。足元には野草が伸び、小さなバッタが飛び交っている。頭上では春風と鳥が樹木の葉をゆらしている。新城はまるで所々に高圧電流の流れる床を踏むかのように、つま先だけで歩いていた。  まもなく二人は目的地に到着した。目の前には大きな椎の木が立ち並び、入り組んだ枝がほとんど壁のようになっている。 「社長さん、こちらです」  嘉代子は椎の木の壁を指さした。 「え、木が並んでるだけじゃないですか」新城は足元を確認した。「それに、土のかんじも家のほうとあまり変わらないですし」  足元を見下ろし、革靴が泥にまみれているのに気づいた彼の顔には嫌悪感が滲んでいた。次は汚れてもいい靴で来てくださいね、と助言をしたくなるが、この男に次はない。 「いえ、問題があるのはこの向こうなんです」嘉代子は言った。「この椎の木の向こう」 「え? ここ通れるんですか?」 「通れますよ。いっしょに行きましょう」  嘉代子は椎の木の枝をかき分けて進んだ。新城は「いや……」と拒否しかけたが、黙ってついてきた。一時の不快感と後々の儲けを天秤にかけ、ここは耐えたほうが得だと判断したのだろう。 「なにか嫌なにおいがするけど大丈夫なんですか、ここは」  新城は枝をよけながらそう言っていた。嘉代子は「そうかしら、わたしはなにも感じないけれど」ととぼけながらも、足元には複数匹のシデムシが這っているのを確認していた。  椎の木の壁を通り抜けると、そこには木も草もない空間が広がっている。10平米ほどの広場のような空間だ。頭上に木がないので日当たりは良いが、鳥の声も葉擦れの音もしないため寂しい雰囲気がある。 「こちらです」 「え、なんですかこの穴」  新城はその空間を見るなり言った。その静かな空間の中央には直径2メートルほどの深い穴がある。 「ああ、そこは先日の大雨で浸食されてしまって。土壌に問題があるからか、浸食のされ方もちょっとおかしいんです」嘉代子は嘘をついた。「ちょっとだけ、中を見ていただけます?」
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