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「一年目は新兵だった。いくつかの戦場で生き残ると、次の攻撃目標が知らされた。それは病院だったんだ」
「あん? 病院なんてのが攻撃目標になるんかい?」
隣で不思議な顔をしている。まあ、そうだろう。俺だって当時は不思議だった。
「もちろんおかしな話だ。だから、俺たちみたいな新兵は反論したし、病院の制圧だって適当だった。居るのは民間人ばかりだったからな」
「そりゃあ、おかしな話だな。そんなところを牽制してなんの意味が有るってんだ?」
当然の疑問だ。もちろん普通に制圧するなら古道具屋の予想通り、こんな細かな調査は必要ない。けれど、その時は違っていた。
「下層階は普通に怯える市民ばっかりだった。それで仲間たちも病室を確認するのに銃を構える事も無くなっていた。その時、ドアを開けた仲間のあたまが吹き飛んだ」
話をしていると、古道具屋は「おお!」とリアクションをしている。奴にとって戦争は非現実なんだろう。だけど、これはフィクションではなく、俺が見た現実だった。
「病院は敵兵の待機所になっていたんだ。上層階には下層の市民以上の兵士が居た。その確認の為の調査だったんだろう。解るとすぐに空爆指示が有り俺たちは撤退になった」
「あんちゃんも危ないところだったんだな」
驚きながら聞いていた古道具屋は俺の肩を叩いていた。
「危ないどころじゃない。必死に逃げたさ。こんな現実が有るなんて思わなかったからな」
「そうだろうな。話を聞いても信じられないくらいだからな。でも、本当なんだろ」
「まあな。もちろん敵側は民間人しか居ない病院を俺たちが攻撃したと叩いた。だけど、真実なんて曲げられるんだ」
あまり楽しい話ではないがそれでも古道具屋は退屈をしている雰囲気でもなかった。
「まだこんな話が聞きたいか?」
「どんな話でも聞きたいな。つまらない話でもない。まだ有るなら聞かせてくれ」
一応気分の良い話ではないので断わると、古道具屋は拒むことは無かった。
「じゃあ、それからの話だ。あれはそれからまた一年が過ぎた頃だっただろうか」
戦場は季節がそんなに有るところではなかった。そんなところで毎日緊張の糸を張り詰めている。年月なんて忘れる日々だった。
「占領地の基地を警備についた時だった。そこは町中をフェンスで区切っただけだったんだが、もちろん戦争をしているんだ。相手国の一般市民はどうなると思う?」
時に質問をしてみる事にした。古道具屋は素直に考え始める。
「それは、やっぱり敵国だから近づかないんじゃないのか?」
「そうじゃない。戦争をしている国、特に戦場から近いと貧困になる。生活なんて困窮するだろ」
「言われたら、そうだな。戦時中はこの国だって貧乏になった。まあ、戦地から離れてるからそうでもないが、空襲にあったところはそうでもない。この町みたいに」
話しながら古道具屋は俺の町を見渡していた。俺は真っ直ぐに町を眺められない。
「フェンスの前には市民が毎日集まっていたよ。食べ物や医薬品を求めていたんだ」
「軍隊はそんな市民にどう対応するんだ?」
さっき質問をしたからなのか、古道具屋が疑問の表情で聞いていた。
「基本的には無視だ。もちろん最低限の医療くらいは許可される事も有ったが、基地の敷地を市民が踏むことは無かった」
「それはあまりに酷いんじゃないか?」
「酷いよ。俺だってそう思った。だけど、違うことが解ったのは数日後の事だった」
町を眺める事が辛いので、俺は空を見た。町を逆の印象で綺麗だった。
「いつもの様に市民がフェンスまで押し寄せていた。俺たちは前の教訓も有るし、命令だから市民を通さなかった。でも、その日は様子が違った。市民がいつもより多かったんだ」
あの時の事は簡単に忘れられない。それからの事だけじゃない。悲劇に哀しんでいる人々の声が今でも響いているみたい。
「そして、フェンスを越えようと登る人間が居た」
「危険だな」
古道具屋でもそんな事くらいは理解をしていた。
「当然だ。命令では基地の安全を脅かすときは躊躇しない事になっていた。フェンスを登ったものは撃たれたよ」
「なんとも世知辛い。だけど、戦争だから仕方が無いのか」
このくらいの印象はあるだろう。戦争とはそう言うものなのだから。
「だけど、それで終わらなかった。撃たれて落ちた人間が爆発したんだ」
「なんだよそれ? 意味が解らない」
「自爆攻撃だよ。相手国が市民を嗾け、そこに兵士を配置してたんだ。フェンスを登ったのは敵兵で爆弾を抱えていたんだ。それからが本当の地獄だったよ」
隣を見ると真剣な顔をして古道具屋は話の続きを待っていた。
「市民なんか関係なしに戦闘になった。誰が敵兵で誰が市民かなんて解らない。ただフェンスを挟んでの銃撃戦になったんだ」
「戦争なんて酷い事ばっかりなんだな」
しみじみと古道具屋は語っている。だけど、地獄はそんな事で終わらない。
「当然基地は死守できたよ。だけど、外には死体の山ができていた。確認の命令が有って見ると、半分以上は民間人だったよ」
今でもあの光景は忘れない。女の人だろうと老人や子供だろうと自分たちは殺した。その事実を考えると今でも顔を歪めてしまう。
「楽しい話ではないけれど、聞けて良かった気がするよ」
古道具屋は急に立ち上がると、俺の元から離れようとしていた。
「用事でも有るのか? まだ話が有るんだが」
トラックに戻ろうとした古道具屋に俺は声を掛ける。
その時に古道具屋は迷っている様な気がしていた。
「聞いておこうか。俺には責任が有るから」
振り返った古道具屋の表情は少し怖かった。その責任の理由が解らないが、俺はこの真実を人々に伝えるべきだと思っていた。
「戦争が終ろうとしていた頃だ。俺はもう人を殺す事に躊躇いが無くなっていた。恐ろしい事だよ。市民だろうが、それは例え子供だって数えきれないくらいに殺した」
流石に古道具屋は驚いた表情をして「子供もなのか?」と聞いていた。
当然の事だろう。子供が兵士なんて普通は考えられない。けれど、これも事実だった。
「この戦争が激化したのはこの数年だが、元は十年以上になるだろ?」
それは周知の事実だった。昔は普通程度に国交のあった国同士だが、数十年前から睨み合い敵国と認識していた。
「子供は教育の段階で俺たちを敵と教えられるんだ。そうなったら敵を許しはしないだろう。人を見ないで敵は悪だと思い込んでいる」
「なるほど、そう言う事か。しかし民間人を殺したら問題にならないのか?」
もちろんそれは相手国では報じられている。俺たちが民間人を殺しているとあちらの味方国は戦争の終わった今でも思っているんだろう。
「民間人と軍人の境目って有るのか?」
「それは、軍に所属しているかどうかだろ? 当たり前の事じゃないか」
「言葉ではそうだな。だけど、民間人が武装して俺たちを殺すんだ。それでどれだけの味方が殺されたか」
古道具屋はちょっと信じられない表情をしていた。しかし、これも真実だった。
「戦地では武器なんて溢れている。国は軍だろうが民間人だろうが、俺たち敵軍と戦うんなら誰にでもばら撒くんだよ。子供にだってな」
複雑な表情をして古道具屋は「民兵か」とつぶやいていた。それは正解で間違いでもあった。
「誰かに指示されたんでなくて、単に家族を殺されてその恨みを晴らしたいだけの人も居たんだろう」
こんな話を聞いたからなのだろう、古道具屋はうつむき加減になって顔も青くなっていた。
「敵と違うそんな人を君は殺したのか?」
古道具屋の瞳はとても真剣で恐ろしさも有った。あの頃を思わせるような眼をしている。
「自分達を守る為だと思わないと正直全然まともで居られんよ」
俺の方も落ち着けるくらいの話し方で強く言う。
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