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「娘は、逃げるのが間に合わなかったんだ。町に残って防空壕に避難したみたいなんだが、それでも」
段々と話している父親の言葉が遠くなった気がする。音が全て消えるのが解る。あれだけ煩かった日々を忘れるくらいに。
聞こえなくても話は理解できていた。どうやら彼女と子供は近所の人の避難を手伝って居て、その間に空襲に合い防空壕で亡くなっていたのが見付かったらしい。
父親が彼女たちの亡骸を確認すると、俺と結婚した時の写真を二人で抱き締めていたらしい。怖い思いだっただろう。
そして町の外れの今日、俺の居た近くの墓地に埋葬されたらしい。そんなに近くだったなんて信じられない。
「取り合えず。今は落ち着いて休みなさい」
全てを話し終えた父親が俺の方に手を当てながら話してくれたが、
「ちょっと、考えたいことが有るんで」
と心配する父親から離れると、俺はこの場所まで通った道を戻っていた。
辿り着いたのは古道具屋と話した所。ちょっと離れたところをみると、古い墓地が有った。そこに足を進めると、戦中で貧相な墓石だったが、彼女と子供の名前が並んでいた。
現実とは思えない。これで本当に俺に残されたものは無くなった。さっき戻った時の気分になっていた。
「俺はこれからどうしたら良いんだ」
墓の前で呟いても返事なんて有りはしない。ただ涙を流すだけの時間が続いていた。
暫くしてから俺は古道具屋と話した所にまた座っていた。遠く海に沈む夕日が壊れた町を照らしている。
「また戻ったのかい? あんちゃん、どうだったんだ?」
トラックの音が聞こえたと思ったらあの古道具屋だった。さっきと同じように俺の横に座った。
「俺は全てを無くしていたんだ」
呟くような答えだけど、古道具屋はそれで全部を理解したみたいに隣で同じ夕日を眺めていた。
「そっか、ところであんちゃん。あの空薬きょうは持ってるかい?」
「ああ、死にたい気分でも有るけど、生きなきゃならないんだよな。おたくに言われたからまだこうして居られる」
実際彼女と子供を亡くしたと確実になった墓前で泣いていた時に、ポケットの空薬きょうが落ちた。死ねないと思ったのはその時だった。
彼女や子供の分まで俺は生きなければならない。そして戦争の悲惨さを、人殺しになることだけでなく、守っても守れない命があるんだと言う事を伝えなければならない。
「そうか、あんちゃんの決断はそうなったんだな」
隣を見ると古道具屋は深く頷いていた。
「戻るよ。これからの為に」
今度は俺の方から古道具屋に別れを告げその場を離れようとした。
「なあ。命ってなんなんだろうな」
問いかけとはちょっと違った雰囲気の言葉に疑問符を浮かべながら振り返る。
その時に聞きなれた煩い音が静かなこの場に広がった。それは痛みを伴った。見ると、古道具屋は俺から買った銃を構えている。撃たれたんだ。
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